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佐藤優×山崎行太郎 バングラテロ事件  なぜエリート層は「大義」に殉じたのか

エリート層が起こしたバングラデシュのテロ

山崎 佐藤さんとはこれまで「人を殺す思想」を巡って対談を重ねてきました。今回は、対談を締めくくるにあたり、7月1日にバングラデシュの首都ダッカで起きたテロ事件から議論を始めたいと思います。

 このテロでは7人もの日本人が犠牲になりました。報道によれば、テロの実行犯たちはコーランを暗唱するよう求め、暗唱できた者には危害を加えなかったそうです。また、治安部隊が突入した際、彼らは「先に行く。天国で再会しよう」と言い残し、治安部隊に向かっていったと報じられています。

 ここからもわかるように、これは明らかに思想的確信犯によるテロ行為です。ところが、日本では「実行犯は失恋をきっかけに過激思想に染まった」とか「実行犯は洗脳されていた」とか、あるいは「何の罪もない人たちが殺されて可哀想だ」といった議論が目立ちます。このような見方では事件を読み解くことはできません。ここに現代日本の思想的貧困が現れていると思います。

佐藤 おっしゃるように、今のところ断片的な情報しかありませんが、今回のテロは明らかに思想(宗教的信念)に基づいています。今回のテロの特徴は、実行犯たちが恵まれたエリート層だということです。7月6日付の朝日新聞で、東大に留学しているバングラデシュ人の学生が、実行犯の一人は自分の後輩だ、どうしてこんなことになったのか当惑していると述べています。

 これは極めて深刻な問題です。将来を約束され、そのまま順調に進めば富裕層に入れたような青年が、なぜテロを起こしたのか。しかも、こうした人間は通常であれば他人を鉄砲玉として使って自分は安全圏にいるんだけども、今回は自ら鉄砲玉となって命を落としていますよね。ということは、彼らの思想は本物だということですよ。彼らにそこまでさせる「イスラムの大義」とは一体何なんだということを見ないといけないと思います。

山崎 あれはまさしく大義ですよね。テロリストたちを擁護するつもりはないけれども、彼らを単なる犯罪者集団と見るべきではない。犯罪者なら生き延びようとするはずです。しかし、彼らは死ぬことを前提に行動していた。彼らはあのテロは聖戦だという認識を持っていたと思います。

佐藤 こちらから見ればテロリストですが、あちらから見れば殉教者ですからね。彼らは伊達や酔狂でテロに走ったのではなく、信念を持ってやっている。それだから、彼らへの共感はイスラム世界では広がっていると思いますよ。ただ、今の日本には、向こうには向こうの大義があって、それはそれなりの理屈が成り立つということを認める余裕がないのだと思います。

ISと北朝鮮が手を組む可能性

山崎 今回のテロ事件について、「イスラム国」(IS)が犯行声明を出していますよね。実際に彼らは指示を出していたのでしょうか。

佐藤 直接的には関与していないと思います。もしISが背後にいたのなら、彼らしか知り得ない極秘情報があるはずです。しかし、犯行声明の中にはそうした秘密の暴露はありませんでした。それに、もしISが指示を送っていれば、バングラ警察の監視網にはひっかからなくても、アメリカの監視網にはひっかかりますから。

―― とすると、バングラでテロが起こり、しかもその実行犯がエリート層だったというのは、ISにとっても驚きだったということですか。

佐藤 そうだと思います。彼らはIS以上にISの理論を読み込んでしまったのでしょう。だから、場合によっては「ISのやっていることは自らの特権擁護じゃないか」ということで、ISに反抗してくる可能性もあります。

 もっとも、今のISには余裕がないので、そこまで深く考えていないと思います。ISはイランやロシアに追い込まれていて、内部を固めることができていません。ヨーロッパでも監視がきつくなっており、テロを起こせなくなっています。彼らがトルコなど力の弱い周辺地域でテロを起こしているのはそのためです。

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