掌編小説 「若人へ」
今日は散々な日だった。
電車で高齢者に席を譲ったら、怪訝な顔で断られ、スーパーで店員さんを呼んだら無表情な顔で指示された。独身だというと可哀想な目で見られるし、一人でいると男が猫なでな声で寄ってくる。
荷物が重い、歩き疲れて足が痛い。体が弱い親のために、買い物はずっと私がしている。ヤングケアラーという言葉を知ったのは最近だ。切れやすく、感情のまま暴れ、ひとの話を全くきかない。介護や認知症の身内を持つと苦労する。
待ち時間さえなければ、病院での待機時間は安息の喫茶室になる。そこのテレビで、逆走する車のニュースをみた。私だったらあんな運転しないのにと独り言ちる。
ハラスメントという言葉を知りもしない説教おやじに捕まれば、私のスケジュールは黒く塗りつぶされる。一年なんてあっという間だ。老害を撒き散らす者は、特殊詐欺に引っかかればいい。
若い私たちが割に合わないことばかりだ。
そんななかでも、老後のために少ない額を貯金して、体型維持に毎日運動もしている。そのおかげか、つい最近の同窓会では「若いね」と言われた。
行きつけだった美容室の閉店には困ったけれど、近場でいいところを見つけられてホッとした。日頃のコンディションは欠かせないのだ。黒々とした髪の毛は私の自慢。それで十歳も若く見られる。
私は、一人でなんでもできる。
私は、まだ八十三歳なのだから。
「若人へ」幻ノ月音
月刊詩誌「ココア共和国」傑作入選詩を掌編の形にに改稿したものです。
詩バージョンは、拙作「 彼女たちの世界は 」に収録されています。名も無き堂にて頒布中。
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