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フマジメ早朝会議 ㉖たったひとつの光 連載恋愛小説

「勝手に見切りつけて終わらせないで、言いたいこと言ってみれば?」
「じゃあ、言わせてもらいますけど!」
恭可は威嚇いかく態勢に入る。
「その色彩感覚は、どこで身につけたんですか!」
あわよくば盗んでやろうという、プロ根性だ。

ゆっくりとまばたきしたあと、数仁かずひさは吹き出した。
「そこ?…やっぱ予定調和とは無縁だな…」
言っている意味がわかりません。

手癖みたいなもんだから、これといって…と敵は企業秘密を死守する算段のようだ。
「しいて言うなら、留学してたからかな」
ヘルシンキというフィンランドの首都名に、恭可は飛びつく。
「えっ。ムーミン大学?」
「ムーミン大学はナイ」

自然から着想を得た北欧デザインの聖地である。
しかも、家具職人のお宅にステイしていたなんて、うらやましすぎる。
アイスグレイのスーツにやさしい桜色のシャツ。タイは紺のチェック柄。
相変わらず、彼の色は恭可を引きつけて離さない。

***

仕事で決めることや考えることが山ほどあるから、生活上の選択肢はできるかぎり減らしたい。
トーンをそろえた洋服を適当にまとめ買いし、着まわしているだけ。
まさかの省エネ…?そんな後ろ向きな理由だったとは。

メンズファッションは面白みに欠け、男の人って気の毒だよなあと恭可は常々思っていた。
だが、配色の妙で、ここまで品のある装いができる。
数仁のオシャレは、依頼者の要望や競合商品など、制約のあるなかで最善のかたちに落とし込んできた、工業デザイナーとしての彼の経験知そのものではないだろうか。

***

今回の朝活会は「仮病で休みます」と連絡していた。
この前も、数仁とふたりでサボったばかり。
なにがあろうとってでも来るはずの恭可の奇行に、BK5はザワザワしたらしい。
「お通夜みたいだった」
「…え?」

恭可のいないトモシビは、暗闇の森。なにも見えなくなる。
抽象的すぎてよくわからないが、それでもふっと心が軽くなった。
湯たんぽみたいに、じんわりとしてくる。
数仁がそっと腕をまわし、物理的にもホカホカする。
「渡したいものがあるんだけど」
さすがにもう落とし物はないはず…と恭可は足もとを確認した。

(つづく)
▷次回、第27話「3つの贈り物」の巻。



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