息子の初恋の話を聞いて、ちょっとだけ沈黙してしまった話
「この子ね、●●(息子)のことがだーい好きなんだよ。」
息子のクラスの集合写真を見ていた娘が、ある女の子を指さして言った。
目を大きく見開いて、とっておきの秘密を教えてくれるときのようなもったいぶった様子。わたしが身を乗り出して、この話に食いついてくることを期待しているようである。
わたしは、この話のどこがそんなに特別なのかよくわからなかったが、誰かが息子を好いてくれているのは嬉しかったので、にこにこしながら、
「へえ、そうなんだ。」
と答えた。ところが、この短い返答を言い終わるより先に、息子がものすごい勢いで娘に抗議し始めた。
「あーー、それ以上言うな!!」
一人で勝手に身もだえている。両手で顔を覆い、身をくねらせている。わたしは、一瞬、頭の中に?がいっぱい浮かんだのだけど、すぐに状況が飲み込めた。
ははーん、さてはあんさんもその子が好きなんどすな?(心の中)
素直で正直なかわいいやつめ。なにも言わなければわからなかったものを、自爆して自ら秘密をばらしてしまったね。
え、でもちょっと待って。7歳ってもう異性が気になっちゃうような歳なんだっけ?いつまでも幼児の延長みたいなつもりでいたけれど、もうそんな段階にきているの?
わずか数秒の間に、わたしの感情があっちこっちに飛んで目が回りそうになる。スクールバスに乗る前に必ずハグを求めたり、夜寝る前にもわたしと二人だけでベッドでぬくぬくする時間を大切している息子。でも、わたしの知らない自分の世界を確実に築いていて、その中の主人公としてどんどん前に進んでいる。
子どもの変化を目にするとき、親はいつだって嬉しくて、ほんのちょっとだけ、沈黙してしまう。まだ行かないで、と思ってしまう。
息子はそんなことなどお構いなしに、なおも身もだえている。「あ~」とか「恥ずかしいよ~」などと言いながら、心に溢れ出る照れの感情を打ち消すように笑い続けている。
わたしは、散らかった心の中を静めて、息子に向き合い、目をまっすぐに見た。茶化してはいけない気がした。
「ママは嬉しいよ。誰かが君のことを好きだと思ってくれることも、君が誰かを好きだと思えるようになったことも。」
息子は、わたしがからかったり笑ったりしないことがわかって、ちょっと安心したように見えた。
息子に、その子のどんなところが好きなのか訊いてみた。息子は、うーんと少し考えてから、
「優しいところ」
と答えた。そうなんだ。なにかその子に特別なものを感じているんだろうな。
思えば、わたしも特定の男の子に興味を持ったのは、息子と同じ小学1年生のときだった。名前だけはしっかり憶えている。楠木くん。いまどこでどんな生活をしているのか、まったく手掛かりのない、遠い過去の話だ。
楠木くんのどこに惹かれたのか今となっては思い出せない。誰かを好きになるという展開に浮かれていただけのような気もする。でも、優しい男の子だった記憶はかすかにある。
そうか、いま息子は、あの段階にいるわけね。過去の記憶と目の前の息子が重なりあう。
「学校ではよく一緒に遊ぶの?」
「ううん。そんなに。」
なにその可愛らしい距離感。
近々、ボランティアついでに息子のクラスに潜入せねば。相手の女の子のことや、息子とその子の関係性をひそかに、しっかり観察してこよう。
息子は、「このことは絶対にパパには言わないで」とわたしに何度も念押しした。「パパだって喜ぶと思うよ」といったけれど、これ以上秘密が広がるのは避けたいらしかった。
そのくせ、たった5分後に、息子は夫に、
「ママに僕の秘密を教えたんだけど、パパには教えないよ。ママに聞かないでね」
と自ら一部情報開示していた。必死に秘密を守ろうとするがゆえに、秘密があることをばらしてしまうという。このあたりが、まだわたしの手のひらに収まっている感じがして、にんまりしてしまう。
我が家に、桜の咲く初恋の季節がやってきました。
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