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『家族ダンジョン』第1話 家族の想い

あらすじ

 木崎慶太は小学五年生の時の交通事故で植物状態(遷延性意識障害)に陥った。三年が経過しても意識が戻らない。
 その中、三人の家族は予兆なくダンジョンに取り込まれる。ぎくしゃくする関係ながらも協力してダンジョン突破を目指す。
 数々の試練を経て家族は最深部に到達。そこには小さな支配者、木崎慶太が控えていた。
 慶太は二年前に意識を取り戻していたが外部に伝える術がない。その状態で面会にくる家族の愚痴を聞き、気に病む日々を過ごす。
ある日、訪れた神によってダンジョンを創る能力を与えられた。特定の人間の魂を取り込むこともできるという。
 慶太は早速、家族の魂をダンジョンに取り込んで家族関係の改善に乗り出した。

第1話 家族の想い

 全体が白く殺風景な病室だった。
 木崎慶太きざきけいたが仰向けに寝ている。ベッドの周りだけがやけに物々しい。生命を維持する為の機器が一か所に集められ、身体を覆った掛け布団の中で繋がっている。
 本人は涼しげな顔で瞼を閉じていた。交通事故の怪我はとうに治り、周囲の色を吸ったかのように露出した肌は白かった。
 扉をノックする音がした。反応しない慶太を他所に、お母さんだよー、とのんびりした声が聞こえる。
 スライド式の扉が開く。現れた木崎冨子きざきふみこは軽く頭を下げて入ってきた。大きな紙袋を肘に引っ掛け、パタパタと足音を立ててベッドに近づく。黒髪は割と長く、薄桃色のカーディガンの肩口に触れていた。白髪は皆無。四十一才にしては若々しい。
「お母さんだよー」
 慶太に顔を近づけて同じ言葉を掛ける。糸目を少し開けて白い顔をじっと見つめた。
「着替えはここに入れとくね」
 糸目に戻ってベッド脇にしゃがみ込む。眼前の床頭台しょうとうだいの下部を開けると使用済みの衣類が収められていた。手早く新しい物と入れ替える。
 一仕事を終えると冨子は紙袋を足元に置いて丸椅子に腰かけた。
「こんなことを言っても仕方ないんだけどねー」
 慶太を見ながら前置きを入れる。
「最近、家族の間で会話が極端に少ないんだよねー。ううん、無いって言ってもいいかなぁ。仲が悪いって感じでもないと思うんだけど、話の切っ掛けが掴めなくて困っちゃうよねぇ」
 視線を下げて上体を前後に揺らす。
「慶太の意識が戻ったら……また家族で話ができるようになるのかなーって」
 目を慶太に向ける。間もなく冨子は寂しそうに笑った。

 日が変わった。スライド式の扉がそろりと開く。できた隙間に栗色のショートの頭を差し込んで木崎茜きざきあかねが病室の様子を窺う。医師や看護師の姿はなかった。
 瞬間、猫目がキラリと輝く。白い八重歯を見せて中に入った。下校途中に立ち寄ったのか。薄いグレーの制服を着ていた。
「相変わらず、病院臭いところだよね」
 当たり前の感想を口にしてずんずんと歩く。ベッドに突き当たると側の丸椅子にドカッと腰を下ろした。
「まだ起きないんだね。知ってる? 私、高校生になったんだよ。慶太も小五から中二だよ」
 口を閉じて慶太の瞼に目を注ぐ。ぴくりとも動かない。意味もなく脚をぶらぶらさせた。
「それだけ寝溜めしたら、起きたあとは数ヶ月くらい寝なくてもいいかもね……私ってさ、昔から低血圧で朝が弱かったでしょ。だから中学の陸上部の朝練が本当に無理で、顧問とケンカして辞めちゃったんだよね」
 何かを期待するような間を空けた。
「走り幅跳びの競技は嫌いじゃなかった。でも、後悔はしてない。強がりじゃないよ。実は嬉しいことがあって……聞きたい?」
 茜はわざとらしく耳を傾けて、なるほど、と言って頷く。
「仕方ないなー。乙女の秘密を慶太だけに教えてあげる。お姉ちゃんは陸上部を辞めたことで、なんとAカップからBカップになりました! パチパチパチパチ!」
 声で自身に拍手を送る。目尻を拭う演技は真に迫り、悩みの深さが窺えた。
「言っとくけど太った訳じゃないからね。体重は同じで胸のボリュームアップに成功した夢の体現者なのよ」
 雄々しいガッツポーズを決めたあと、自身の胸にそっと両手を当てる。
「スポブラから普通のブラに。できた谷間を見て、もうニヤニヤが止まらなくなったよ。でも、慶太には見せてあげないもんねー」
 軽く舌を出す。目は慶太を見ていた。
「……じゃあ、お姉ちゃんは帰るよ」
 立ち上がるとくるりと回って扉へと向かう。開ける前に後ろを振り返った。
「起きたら、ご褒美で見せてあげるかもね」
 口元に力を入れて笑った。

 面会時間の終わりが迫る頃、木崎直道きざきなおみちが姿を見せた。病室に入るなり、黒いスーツの肩の部分にハンカチを押し当てた。細いフレームのレンズが少し曇っている。
「雨に降られた」
 鋭い眼光のまま、端的に事情を語る。垂れ下がる前髪を掻き上げて元のオールバックに直した。
 丸椅子は一瞥するだけで座らなかった。長身を活かし、直立の姿勢で慶太を眺めた。
「好きなゲームを否定して悪かった」
 黙考するように口を閉ざす。やや目を伏せた。ネクタイの位置を正し、左手首の腕時計で時間を確認する。面会時間は十分を切っていた。
「私は頭が固いのだろう。周囲に合わせることも苦手だ。空気を読むというのか、あまりしたことがない」
 独白に近い言葉を連ねる。唇を引き締めて、ふと緩めた。
「家族サービスを意識したことがない。これで良いとは思っていないが、修正案が思い付かない」
 眉根に深い皺を寄せる。一層、表情が厳しくなった。息を吐きながら眼鏡の中央を中指で押し上げる。
「慶太がいた時に考えたことはなかった。家族の歯車が一つ欠けただけで、全てが上手くいかなくなった」
 思い直すように頭を左右に振った。垂れた前髪はそのままにして踵を返す。
「すまない。詰まらない愚痴を零してしまった。きっと雨のせいだろう」
 やや背を丸くして直道は病室を出ていった。

 機械音に満ちた静かな病室で慶太は眠り続ける。


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