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『家族ダンジョン』第7話 第六階層 ピンクの悪魔

 三人は固まるようにして慎重に階段を降りていく。
 新しい階層に着いた。上層階と同じで灰色の石によって形成されていた。入り組んだ作りが視界を奪い、先を見通すことはできなかった。ここに至ってようやく迷宮の雰囲気を醸し出す。
「これからが本番って感じだね」
 茜は階段の周囲の通路を順に見ていく。
 眉間に不穏な皺を寄せた直道が周囲に警戒の目を向けた。
「どこにピンクの悪魔が潜んでいるのか」
「街の人の情報だと、かなり厄介な相手みたい」
 冨子は直道の側にぴったりと寄り添う。
 全ての通路を当たった茜が戻ってきた。
「どこも先が見えなくて、かなり複雑な作りになっているんだけど。どうしようか」
 二人の目が自然に直道へと向かう。答えを求められた本人は静かに眼鏡の中央を押し上げた。
「手段は二通り。一つは堅実だが労力を必要とする。もう一つは運に左右されるが早い解決を望める。どちらがいい?」
「内容を聞いてみないと決められないかも」
「そうだねー」
 二人の言葉を聞いた直道は近くの壁に手を当てた。
「このように一方に手を当てた状態でひたすら歩く。行き止まりを引き返す可能性があるので労力が要る」
「んー、壁が全て繋がっていたらいいけど……例えば真ん中とかに独立した壁があって、その中に降りる階段が隠れてたら困るよねぇ」
 冨子の疑問を聞いて直道が軽く目を伏せる。
「その場合は独立した壁に見当を付けて同じ方法で歩くことになる」
「もう一つの方法は?」
 興味があるのか。茜の顔に笑みが広がる。
「法則を無視して好き勝手に歩く。運が良ければ階段に行き着くだろう」
「ゲームの場合だと、遠いところに次の階段があるんだよね。まれに近い時もあるけど」
「二つ目は迷子になりそうだよねー。最初の方法を試して一周したら、中に突っ込んで調べた方がいいかも」
「私も賛成だ」
 茜は表情を曇らせる。
「今回は仕方ないか」
 自ら折れて三人は壁に手を触れて歩くことになった。
「かわいい」
 その途中で冨子が一方を見つめた。反応した二人が顔を向ける。
 ピンクの物体がよたよたと、こちらに歩いてくる。その姿を見て直道はスーツのポケットに目を落とす。ウサギの縫いぐるみはちゃんと収まっていた。
「あれってブタの縫いぐるみだよね」
 茜は目を細めた。
 耳は小さい。目の位置に黒色の丸いボタンが縫い付けてあった。鼻の穴は正面を向いていて特徴をよく捉えていた。
「あんなのがピンクの悪魔のはずがないよね」
 笑いを含んだ声で茜が言った。
 豚の縫いぐるみは三人が手を触れていた壁へ真面に当たった。反動でよろけて横を向く。そのまま、よろよろと直進して見えなくなった。
 コミカルな動作に茜と冨子は共に笑った。
 直道は一人、渋い表情を作る。
「……無生物が自由に歩き回れるのか」
 情報として頭に入れると探索に戻っていった。

 複雑な個所を何度も引き返した。豚の縫いぐるみは何体もいるのか。行く先々で出会った。間の抜けた行動を見て和み、茜の愚痴の数は少なくなった。
 壁伝いに歩いていると一つの扉に行き当たる。黒光りした表面は重厚な金属製で物々しい。
 直道は同色のノブを掴んだ。力を入れて顔をしかめる。
「ノブが回らない」
 前後に身体を動かすが扉は微動だにしない。
 茜はノブと周りを子細に見た。
「鍵穴はないね。なにかの仕掛けで開くのかも。それとも意表を突いて横にスライドしたりして」
 早速、直道が試してみた。やはり動くことはなかった。
 その時、冨子が口を開いた。
「上はどうかな」
「面白い発想だ」
 二人の遣り取りに茜は、仕掛けでしょ、と小馬鹿にした口調で言った。
 直道はノブを掴んだ姿で腰を低くした。一気に力を込めると扉は上がった。
「ウソでしょ!」
「当たったよー」
「私が、支えている間に」
 声を絞り出す。理解した二人はしゃがんで隙間を潜った。
 最後となった直道は扉の下に太腿を差し込んだ。支えている間にノブから手を離し、両手で扉の下部を掴んだ。間を空けず、渾身こんしんの力で引き上げた。大きく広がった空間に肩を捻じ込んで中に入った。
 直後に扉は重々しい音を立てて閉じた。直道は軽くスーツを手で払って姿勢を正す。
「これは」
 四角い大広間はがらんとしていた。奥の方に別の扉が見える。一瞥した限り、ノブは見当たらなかった。
 中央には茜が立ち、真下を見て頷く。
「これもゲームではよく見かける仕掛けだね。かなり大きいけど」
「絵がバラバラなんだねー」
 冨子は中腰の姿で覗き込む。
「十五パズルだよ。空いている一マスを利用して絵を完成させる。すると奥の扉が開いて次の階段が現れるってことなんでしょ」
「パズルは苦手だからパスでー」
 冨子は早々はやばやと降参の笑みを見せた。俄然がぜん、茜が張り切る。
「私は得意だから任せてよ。まずはこのブロックをスライドさせて」
 屈んで一枚の絵を横に押しやろうとした。踏ん張る足が滑った。
「反則でしょ! 重くて動かないじゃない!」
「私がやろう」
 直道は歩きながら軽く両肩を回す。
「じゃあ、これを横に動かして」
「これか」
 一枚の絵に両手を置いた。顔が赤らむと僅かに動く。力を緩めないで限界まで押し切った。
 真上からガチャと音が鳴った。見上げた三人に大量の豚の縫いぐるみが降り注ぐ。
「なんなのよ、これは!」
 豚の縫いぐるみは酔っ払いに等しい。大広間を無秩序に歩き回る。当然、パズルの上であっても一切の遠慮がない。
「絵が見えないって!」
 茜は豚の縫いぐるみを掴んで投げた。壁で柔らかく弾むと無傷で戻ってきた。
「これがピンクの悪魔か」
 直道は傍観者となった。指示を出す茜が豚の縫いぐるみを躍起になって蹴散らす。大量にいる為、すぐに絵は隠れて全体を見ることが難しい。
「かわいいー」
 一人、冨子だけが蕩けるような笑みを見せた。豚の縫いぐるみを大量に胸に抱えて頬ずりをする。周囲にいた縫いぐるみ達は、よたよたしながらも引き寄せられた。
「かわいいねー」
 次々と抱き締める。結果としてパズルの全体を見渡せるようになった。
 茜は突っ立っていた直道に矢継ぎ早に指示を出す。
「この絵は縦に。そのあと、これは横」
「わかった」
 協力して完成させた。絵は真横から見たピンクの豚であった。
「もう、いい加減にしてよ」
 茜が愚痴を零すと奥の扉が勝手に開いた。
「行くか」
 直道は奥の扉に向かう。茜が続いて、お母さんも、と声を掛けた。
「もう少し遊んでいたかったのにぃ」
 別れを惜しみながらも付いていく。大量の豚の縫いぐるみは何故か、扉の中には入らなかった。
 三人は通路の先を目指す。奥の暗がりが薄まると、立ち塞がるようにしてピンクの豚がいた。円らな目は黒いがボタンではなかった。更に先程の縫いぐるみよりも身体が大きい。人が一人、背に乗れるくらいのサイズを有していた。
「よく来たな」
 豚は誇らしげに言った。光沢のあるピンク色の身体は金属や陶器に近い。
「なんなのよ、あんたは」
 うんざりした顔で茜は豚と対峙した。
「俺様がピンクの悪魔だ」
「ただの豚でしょ」
「ブタとはなんだ?」
「えー、言葉がわかるくせに、そこから説明しないとダメなの?」
 茜は目が合った冨子に頼んで後方に引っ込んだ。
「名前ですよー。でも、かわいらしさに欠けるから『ハム』がいいかなぁ」
「ハムって」
 後ろに控えた茜が半笑いとなった。
「ハムちゃんは、どうしてここにいるのかな」
「俺様は試練を乗り越える者達を待っていたのだ。この先の階層は熾烈を極める。俺様が仲間になってやるから臆することなく突き進むがよいぞ」
 ハムは顔を上に向けて大きな鼻息を鳴らす。
「まあ、なにかの役に立つかもしれないけどさ。語尾に『ブヒ』とか『ブ』は付けないの?」
「どうして付けるのだ?」
「もう、いい!」
 茜は強引に話を打ち切った。
 話に加われなかった直道はハムを見下ろす。背中に細長い穴が開いていた。
「豚の貯金箱なのか?」
「それはなんだ?」
 ハムに聞かれた直道は薄笑いで、何でもない、と答えた。

 三人とハムと名付けられた豚の貯金箱(?)は奥の階段を使って新たな階層に降りていった。


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