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『家族ダンジョン』第10話 第九階層 知恵の間

 すっきりとした顔で冨子が階段を降りる。後方からはぐったりした二人と一匹が付き従う。
 最初に降り立った冨子は一本の通路を弾むようにして歩く。小部屋に入ると様子が変わった。全体を見回して、くるりと向きを変えた。追い付いた二人と一匹に向かってにっこり笑う。
「私は役に立ちそうにないから、あとはお願いねー」
「諦めるのが早いよ」
 言いながら茜が前に出た。
 正面に扉が見える。ノブはないが鍵穴はあった。中央には鍵のような物が山積みにされていた。
 茜は迷わず、中央に向かう。
「不思議な部屋だぜ」
 ハムは適当に歩き回る。
 直道の目は床に向かった。描かれた幾何学模様は直線的で所々に小さな突起のような物が出ていた。
「ちょっと来て」
 茜の呼ぶ声に直道とハムが反応した。
「私も?」
 自身を指差した冨子も加わった。
 全員が集まったところで床に嵌め込まれたプレートの内容を読み上げる。
「この中から鍵を探せ、だってさ」
 自ずと鍵に目がいく。うんざりする数があった。
 直道の目が小刻みに動く。
「……数は三桁、四桁も有り得る」
「運が良かったら一回で引き当てることもできるかもよ」
 茜は自身の言葉に何度も頷いた。無理矢理、言い聞かせているようにも見える。
「俺様は物を掴むのが苦手なので無理だ。今回は頭脳として参加する」
「豚足だからね」
 茜は二つに割れたひづめを見て薄ら笑いで言った。
「それはなんだ?」
「そうね、そうねー、豚の意味がわからないんだよねー。もういいですよーだ」
「その間抜けな話し方はわかる。冨子の真似だな」
「はい?」
 耳にした冨子の目が僅かに開く。握り締めた拳が鈍い音を立てた。
「ハムちゃん、悪い子じゃないよ?」
 唐突に黒い目を潤ませて冨子に歩み寄る。丸まった尻尾を懸命に振った。
「仕草がかわいいので許してあげるー」
 小さな子供にするようにハムの頭を撫でた。
 直道は会話に加わらず、黙ってプレートを眺めていた。

 三人は鍵を鷲掴みにした。その状態で扉の前に立ち、鍵穴に鍵を突っ込む。開かないとわかるや否や横に投げ捨てた。延々と同じことを繰り返す。
「これで最後なんだけど」
 茜は手の中の鍵を鍵穴に差し込んだ。その様子を二人が見守る。
「……回らない」
「えー、なんでよー!」
 冨子の不満が爆発した。同じように見ていた直道は、そうか、とすんなり事実を受け入れた。
「どうしました?」
 直道は足早に引き返す。中央で立ち止まるとプレートに目を注ぐ。気になった冨子が駆け付けて同じように眺めた。

『コの中カラ鍵を探セ』

 片仮名と平仮名、更に漢字が混ざり合う。直道は床の幾何学模様に目を移した。顎を摩りながら唇を引き結ぶ。
「そういうことか」
「直道さん?」
「直線的な幾何学模様の中に『コ』の形があるのだろう。その中に鍵が隠されていると読める」
「そうなの!?」
 扉の前にいた茜が裏返りそうな声を上げた。
 壁の隅で寝転がっていたハムはむっくと起きる。
「ついに出番が回ってきたか。俺様の頭脳で『コ』の形を必ず探し出して見せる!」
「それ、頭脳が関係する?」
 呆れた茜の物言いを無視してハムは床を舐めるようにして見ていく。直道と冨子も同調して床に目を向けた。
「……やられたわ」
 扉をコツンと叩いた茜は床に目をやった。
 私語はなくなり、全員が集中して事に当たる。不自然な姿勢のせいなのか。時に冨子が自らの腰を叩いた。
「見つけたぞ! これがそうだ! 俺様の頭脳の勝利だ!」
 壁の端にいたハムは小躍りして喜ぶ。その勢いに当てられたように各々が小走りで集まった。
 ハムが主張するように床の一点に『コ』の形があった。囲まれる状態で突起が見える。代表で直道が摘まんだ。爪の先が白ろくなる程度の力を加え、ゆっくりと引き抜く。
 摘まみ上げたそれは一本の鍵であった。
「なんか、悔しいな」
 茜は笑いながら口にした。
「でも、これで先に進めるねー」
「俺様の頭脳の勝利だ!」
 直道は口元を緩めて、そうだな、とハムをねぎらった。
 早速、鍵は扉に使われた。簡単に回って呆気なく開いた。
 すんなりと通り抜けた一行は細い通路を通って、また別の小部屋に行き当たる。床全体に怪しげな文様が描かれていた為、全員が通路にとどまった。
 真っ先に口を開いたのは茜であった。
「これ、かなり大きいけど、魔法陣だよ」
「踏んでも平気なのかなー」
 冨子の一言に誰も答えられなかった。同じように小難しい顔をしていた茜が急に笑顔に変わった。
「ねえ、ハムちゃん。頭脳だけじゃなくて勇猛な貴女ならこんな魔方陣なんて気にもならないよね」
「もちろんだ。よくわかっているではないか」
「ちょっと魔方陣の中を歩いてみてよ。カッコイイ、雄姿がみたいなぁ」
 茜は甘い言葉で囁く。それでいて悪戯好きな猫のように目を光らせた。
「そこでよく見ているがよい」
 ハムは堂々と魔方陣に踏み入った。鼻を掲げた姿でカツカツと高らかな音を鳴らす。
「大丈夫みたいね」
 素っ気なくいうと茜は小部屋に踏み込んだ。ハムをいないものとして周囲に用心深い目を送る。
「たくましく育ったよねー」
「将来が少し心配だ」
 冨子と直道は個々で本音を漏らし、中に入っていった。

 魔方陣を除けば床や壁に変わったところはなかった。頑強な灰色の石で組まれ、通り抜けられるような仕掛けも見つからない。
「問題はこの扉か」
 自ずと扉に全員が集まる。前の小部屋とは違って鍵穴がなかった。上部には液晶画面のような物が嵌め込まれている。下部には丸型で黒いボタンが五つ。右端には同じ形状で赤いボタンがあった。
「これがゲームなら、設問が表示されると思うんだけど」
 茜は何も映っていない画面に顔を近づける。色々と角度を変えてみても状態は変わらなかった。
「赤いボタンを押したら、どうなるのかなー」
 冨子は言いながら指先を近づけてゆく。すかさず茜が手で防いだ。
「魔方陣があるんだから、もう少し慎重になってよ!」
 頭の上での遣り取りにハムは身体を揺する。冨子と茜を左右に撥ね除けて前脚を上げた。後ろ脚で立った状態となった。
「俺様の頭脳に任せろ!」
 躊躇ちゅうちょすることなく前脚を突き出し、赤いボタンを押した。
「ちょっとおお!」
「私が押したかったのにー!」
 左右からの非難をものともしない。いつもの姿勢に戻って武者震いを起こした。
「正解だったようだ」
 直道は明るくなった画面を見つめる。

『第一問 ここの階層を答えよ。間違えれば一階層に強制送還』

 一瞬で静けさを取り戻す。
「最初の宝箱のところが一階だよね?」
 茜の問い掛けにハムが勢いよく答えた。
「俺様には意味がわからないぞ!」
「当たり前でしょ。その時、いなかったじゃない」
 直道は渋い表情で口を開いた。
「上への階段はなかった。隠されていたのならば一階とは限らない」
「そんなことってある? 最初の場所が一階じゃないって……あるかも」
 茜は急に口籠る。先程の小部屋の問題が尾を引いていた。
 何かを閃いたのか。冨子は笑顔で胸を弾ませた。
「わざと間違えて一階に戻ればいいのよー」
「その手があったか。戻ってくるのは大変だと思うが」
 三人の目がハムに向けられた。
「俺様は自分のいた階しか知らない。強制送還の憂き目に遭えば、自信を持って迷うことをここに誓う」
 鼻息荒く宣言した。
「みんなで戻ればいいのよ。あの長い階段はかなり嫌なんだけどねー」
「チュトリアのアレね……」
 冨子と茜は泣きそうな顔で笑った。
 表情は様々だが満場一致で強制送還を選択した。二度目の道程なので意外と早くに戻って来られた。ただし疲労の色は濃い。ハムだけは特に何もなく、尋常ではない体力を見せ付けた。
「やっぱり一階層だったんじゃない」
 怨嗟のような声で茜が数字を入力した。安っぽい電子音が鳴る。すると表示が一瞬で変わった。

『第二問 三階層の石柱の数を答えよ』

「ちょっとおおおおお!」
 茜の激怒の声が響き渡る。
 一行は再び強制送還された。やがて息も絶え絶えの状態で戻ると、茜が生徒手帳に書き込まれた数字を見ながら入力した。流れる安っぽい電子音を聞いて三人は胸を撫で下ろす。

『扉を押せ』

 新たな一文に一同の顔が強張る。
「もしかして」
 茜の一言に冨子は、たぶん、と付け加えた。
 何も言わず、直道は扉に両手を当てた。表示された通りに押すと扉は徐々に折れ曲がる。最後は壁に張り付くようにして開いた。
 目にした茜がしゃがみ込む。
「は、ははは、あの苦労はなんだったのよ……」
 扉自体に仕掛けはなかった。その奥にも進行を妨げるものはなく、降りる階段はすんなりと見つかった。

 少々、立ち直る時間を必要としたものの、一行は次の階層を目指して歩き出した。


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