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『家族ダンジョン』第13話 第十二階層 名もなき歓楽街

 階段は極端に短かった。比例して天井も低い。長身の直道は猫背となって歩くことを余儀なくされた。
 茜は鼻を摩りながら方々に視線を飛ばす。
「なんだろう。なにもなさ過ぎて逆に落ち着かない感じ」
「そうねー。広い部屋というよりも、とても広い通路みたいなところよねー」
 冨子は顔を左右に動かす。闇に呑まれる寸前の壁がすすけた状態で見えていた。
「この姿勢なので早く通過したい」
 直道は天井を気にしながら言った。その横ではハムが弾むようにして歩く。
「俺様には快適だ。清浄な空気で鼻の調子も戻ってきた。頼もしい守護神として今後も大いに期待を寄せるがよいぞ」
「……豚のくせに」
 茜は素に戻って軽く批判した。
「豆乳鍋で煮込むぞ、シイタケ」
「あんたね。それ、独り言になってないから」
「聞こえるように言ったのだが、どうやら鼻だけではなくて耳も悪いようだな」
「あんまり調子に乗ると」
 仲裁に入るように安っぽい電子音が鳴った。
 全員が横手を見た。仄暗い壁の一部が長方形の形で光っている。
 茜は目を細くして、あっ、と短い声を上げた。
「あれって上の階にあったヤツだよね!」
「確かに見覚えがある」
 直道の一言で、煌々と光る画面に向かって一斉に動き出す。
 壁に嵌め込まれた液晶画面には『おめでとう』と表示されていた。下部の受け皿には大きなコインが三枚、折り重なっている。
 冨子が上から見つめた。
「これがキルトなのかなぁ」
 茜は残りの二枚に顔を寄せる。
「銀色だから金貨じゃないよね、これ」
「図柄に特徴がある」
 直道はコインを手に取り、表と裏を交互に見た。
「豚の顔と尻か」
 三人の目がハムに向かう。
「俺様の愛らしさに今頃になって気付いたか。どうしてもと懇願するのであれば頭を撫でさせてやってもよいぞ」
 ハムはサービスとばかりに頭を突き出す。三人の視線は素通りして背中の細長い穴に注がれた。
「コインの大きさと合っているように思う」
 直道の言葉に二人が微かに頷いた。
 茜と冨子はハムの顔を挟むようにしてしゃがんだ。
「ハムちゃん、かわいいからナデナデするねー」
「黒くて円らな目がいいよね。尻尾もクルンとして愛らしいし」
 歪な笑みで茜が褒める。
「魅力に溢れる俺様の美貌が怖いぜ」
 茜の口角が不自然に吊り上がる。片方の頬を引くつかせた。
 ハムの意識が二人に向いている間に直道は後ろに回った。コインを持った手を伸ばし、穴の真上から落とすようにして入れた。
 ハムは一瞬で硬直した。頭部だけが動いて顎は水平になった。ゆっくりと逆の方向に傾く。同じ動作を繰り返し、徐々に速さが増した。異常を察した二人は飛びのくように離れた。
「なんか、ハムちゃんがおかしいんだけどー」
「あ、待って。元に戻った」
 ハムの動きが止まった。今度はガクンと頭部が真下に動く。連動して顎が外れたような大口になると、中から丸い玉が転がり出た。それは勝手に割れると器は空気に溶けて中身があらわになった。
 残された小瓶を茜が摘まみ上げる。表面に貼られたラベルに目を留めた。
「携帯食料みたい。試してみる?」
「面白そうー」
 真っ先に冨子が手を挙げた。実物を目にすると急に儚げな顔となった。
「これが食料? お薬ではなくて?」
「そうらしいよ」
 冨子の掌には白い丸薬のような物が載っていた。その一粒を渋々、口に入れる。カリっと乾いた音がした。
「味がしないんだけどぉ」
 言いながら咀嚼そしゃくして、おー、と感心したような声に変わった。エプロンの上から自身の腹部を摩る。
「お腹が膨れてきて、なんか満足感がすごーい」
「意外と当たりかも」
 茜は改めて小瓶を見て言った。
「コインはあと二枚ある。使ってみるか」
「もちろん」
 茜は直道に向かって白い八重歯を見せた。
 二枚目を投入した。ハムは同じ動作を経て玉を吐き出した。
 うきうきした様子で冨子が拾い上げる。形状はドリンク剤であった。貼られたラベルを見てにんまりと笑う。
「直道さん、これも当たりですよー」
「どれどれ」
 横から覗き込んだ茜の顔が急激に赤くなる。

『赤マムシすっぽんマカゴールドデラックスZ』

 冨子は手に入れた物を直道に掲げて見せる。一目で理解したのか。軽く咳払いをした。
「……そうだな」
「だから宿屋の時と同じで生々しいって! それより最後の一枚を早く!」
 最後に玉から出てきた物は小さなコインだった。金色の輝きを放っている。
 摘まみ上げた茜は浮かない顔で眺める。
「金貨に見えるけど、たったの一枚でなにが買えるのかな。上の階に戻るのは面倒だし」
「ないよりはいいと思うよー」
「まあ、そうなんだけど。お母さんが持っていてよ」
「はいはーい」
 こころよく引き受けた。
 大口を開けた状態で固まっていたハムは大きな身震いで口を閉じる。我に返ったという風に周囲を見回した。
「なにが、どうなった!?」
「あんたが口から出したんじゃない」
 茜は手にした小瓶を振って見せた。ハムは顔を近づけて、一つ、鼻息を漏らす。
「見覚えがない。目まで悪くなったようだな」
 三人は目を合わせて微かに頭を左右に振った。
「またコインがあったらいいね」
 茜は元気に歩き出す。納得のいかないハムは首を傾げながら付いていく。
「なんの話だ?」
「あんたが関係するけど、関係ない話だよ」
「なるほど、全くわからん」
「仕方ないよねー」
 冨子は直道の腕に絡み付くようにして歩いた。ふふ、と抑え切れない笑みを零し、手に入れたドリンク剤をちらりと見せた。
「機会があれば」
「あるといいねー」
「生臭い話は禁止!」
 目敏めざとく見つけた茜が間髪を入れずに指摘した。
 一行が賑やかに先へ進むと最奥の右隅に降りる階段を見つけた。喜ばしいことなのだが、あまり顔色には表れない。拍子抜けの雰囲気が全体を支配した。
 降りた先は上と似たような構造であった。太い通路を挟んだ壁の部分は異なり、店舗になっていた。その為、二つで一つの階層に思えた。
 直道は階段近くに立っていた青年に目が釘付けとなった。着流しのような恰好は違うものの、ショートの金髪は上層で見たチュトリアの住人にそっくりであった。
「チュトリアであったと思うが、どうしてここに」
「おや、見掛けない顔だね。名もなき歓楽街にようこそ。余所者でも歓迎するよ」
 微妙に言葉は変わっていた。内容は、ほぼ同じなので茜もピンときた。
「キャラと台詞の使い回しがゲームっぽいね」
「これがゲームなのか」
「ここでも瞬きをしないんだねー」
 冨子は口にすると直道に向き直る。妖艶な笑みでふくよかな胸を押し付けるようにして抱き付いた。
「聞いたよね? 歓楽街だそうよ」
「生臭い!」
 茜の一喝も耳に入っていないのか。冨子は全く反応しなかった。
「これ程の店があるとは俺様も驚いたぞ」
「そう、そこが大事なのよ! こっちは未だに手ぶらなんだから、ここである程度の装備を手に入れないと。一枚の金貨にどれくらいの価値があるのかはわからないけどね」
「その意見には賛成だ」
 直道は強引に歩き出す。冨子は結果的に振り払われ、あーん、と甘ったるい声を出した。茜は舌打ちして、ハムは陽気に足を鳴らして付いていく。
 個々で両端の店に目を向ける。合間に宿屋は見つけた。位置を覚えると更に先へと進む。可愛らしい小物や雑貨に冨子と茜の目が釣られる。
「違う、そうじゃない」
 茜は未練を断ち切り、戦力となりそうな装備を探す。
 やがて降りる階段に行き当たった。全ての店を見たが武力に関係する類いは売られていなかった。
「どうしてよ!」
 怒鳴る茜の耳元で冨子が妖しく笑う。
「だってー、ここは歓楽街だしー」
 冨子は直道の腕を掴むと、いそいそと宿屋に向かった。
「いい加減にしろ!」
 怒鳴りながらも茜は後を追う。ハムはやはり陽気な足取りで付いていった。

 宿屋で濃厚な時間を一部の人間が過ごし、一行は新たな階層に向かった。


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