家族からの退職物語 3 変わりゆくお葬式の形態 生命保険金はお葬式代を支払う期日に間に合わないという現実


高校の同級生と偶然駅で会い、近くの居酒屋で飲むことになった。
僕は奥さんに夕食は不要になったことをスマホで連絡し、その居酒屋に向かった。
彼は葬儀の会社の部長になっていた。

僕は長女が結婚したことを話した。
自分たちの挙げたい結婚式を挙げられる今の若い人たちが羨ましいと僕が言うと彼は、

「鈴原、今はお葬式も同じなんだよ。俺の勤めている会社には、200人以上収容出来る葬儀用の大ホールがある。だが、大ホールを使うほどの葬儀は1か月の間に2回位しかない。
今、大規模なお葬式をする人が殆どいない。会社の社長さんが亡くなったみたいな場合だけだ。
今は家族だけのお葬式をする人が多い。
ただ家族だけのお葬式だと結果的にかなり赤字になってしまう。お坊さんを頼めばお伴のお坊さんも含め3〜40万円位は渡さなくてはいけない。
霊柩車、お棺、火葬場代、ドライアイス、お葬式の料理等でまた70万円位かかってしまう。
つまり、普通に親族の人たちに出席してもらった方がお香典が入るため、葬儀費用はお香典で賄えるからチャラになる場合が多い。
ところが、今までの様な規模の大きなお葬式をしようとしない。
1番の理由は故人の希望で家族だけに見送られるお葬式を遺族の方にお願いして行くことが多くなったこと。
もう1つの理由は、生命保険の問題がある。
日本の経済状況は良くない。
生命保険というのは、その人が亡くなっても保険金を受け取るのに最低10日から2週間かかってしまう。保険会社が悪いんじゃない。
保険会社が保険金を支払うためには、その人が亡くなったという書類、つまり除籍謄本が必要になる。
死亡届を市役所なりに提出すると、24時間以内に
住民票からは消えるが、除籍謄本が出来るまでに
10日から2週間かかってしまう。
葬儀は大抵、その方が亡くなってから3〜4日位の間に行われる。葬儀代の支払いはそれから約1週間以内だ。
つまり、生命保険で葬儀代を支払うことが出来ない
だから、貯金で払っておいて、生命保険金をその後受け取ることになる。
一旦、自腹で葬儀代を払わなくてはならないんだ。
貯金のある人はいい。だが、今の経済状況では、
そんなに貯金のない人たちもいる。
だから、例えお香典で賄えたとしても、一旦は自分の貯金で払わなくてはいけないから、規模の大きな昔ながらのお葬式が出来ないケースも少なくないんだよ。」
「初めて知った。知っておいて良かった。生命保険に加入しているから、自分のお葬式費用は大丈夫、と思っちゃいけないんだな。」
「その通り。それに、お葬式も多様化しているよ。自分の遺骨を埋めた所にお墓を造るのではなく、木を植える樹木葬、遺骨を海に撒くことを希望している人もいれば、お金のある人のなかには、遺骨を宇宙にばら撒く宇宙葬を希望している人もいる。
お葬式って誰の為にやるのか知っているか?
亡くなられた方には、お坊さんにお経を読んでもらうだけでいいんだ。 
告別式自体や精進落とし等は遺族の人たちが亡くなられた方との決別をするために、つまり遺族の人たちの心の整理のために行うんだ。
つまり、心の整理が出来るのなら、亡くなられた方にはお経を読んでもらって埋葬するだけでいいんだよ。つまり、家族だけのお葬式で実は充分みたいなところがある。
高齢化社会になって葬儀屋は儲かっていると言う人たちがいるが、確かに亡くなられる方の数は増えている。だが、俺たちみたいな葬儀屋の売り上げは下がってるんだよ。」
「宇宙葬なんてあるんだ・・」
「鈴原も、自分のお葬式のことをそろそろ考え始めてもいいと思うぞ。
自分らしいお葬式でいいと思うよ。俺は葬儀屋に勤めているが、俺も自分の家族だけに見送ってもらいたい。殆ど付き合いのなかった親戚まで来て、酒を飲んで騒いで欲しくないからな。」

居酒屋を出ると彼は、俺の息子も32になって漸く結婚することになったよ、と少し照れ気味に、でも嬉しそうに言った。

僕は、自分らしいお葬式か、と思った。


つづく






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