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【長編小説】タイムスリップ(電車ブギ)

 ふと目が覚めると、見覚えのある天井に光る、白熱灯が見える。しばらくすると、電車が激しく音を立てて走り去る音が聞こえる。
 電車が走り抜ける音が、聞きたくなくとも聞こえてくる。

夜明の青い光。

均整のとれていない木々と、険しくコンクリートに塗りかためられた、山の斜面。

誰も足をふみいれることのできない断崖絶壁のようなあの、高校のとき毎日見ていた斜面が見える。

懐かしき目覚めの映像。
 電車の走る線路を作るのに、最短距離よりも、海岸線や山の際を選ぶ方が線路を建設しやすい。その山際にサトルの家はある。

 目覚めたサトルは、部屋を見回すと、グラビアアイドルのポスターが張られているのが見えた。

「あー、このけだるい感じは覚えてる!」

 海辺のいつもの曇り空の中、夜明けの時分で、電車に乗る時間だ。からだが覚えてる。起きてすぐに出掛けなければならない。

 母親が、一階から何かせかして、叫んでいるのがわかる。

 母親に弁当を、手渡しされ、カバンに詰め込むと、食卓におかれた、おにぎりと卵焼きを口の中に押し入れて、玄関の錆びたシャッターを、持ち上げ、サトルは駅に向かって走った。

走りながら、サトルは考えた。

 「タイムスリップして高校生にもどってしまったのか。確か、病室の屋上から飛び降りたんじゃなかったか、まさか、夢か、走馬灯にしては、現実に時間がゆっくり流れている。戻ったんだ!しかも高校生の時代に!」

 サトルは、駅に着くと身震いして、空を見つめた。朝日は駅舎を照らし、眩しくてまばゆい。プラットフォームで、伸びをして、深呼吸すると、空気が肺に入っていくのがわかる。そして、からだ全体で、朝日を浴びて、暖かい太陽の光を感じる。

「やばいな。走馬灯ではなさそうだ。高校生の頃に戻ってる。
 俺は一年の時に、喫煙が見つかり停学になったんんだっけ?
 そして、以来、人生は低空飛行。その時代に戻ってる!」

 回想していると、予定の電車が目の前に停まった。いつもどおり乗車する。
 相変わらず、電車は混んでいて。座席に座り、駅ごとに乗客は増え混雑してきた。

 しばらくして、隣の座席に髪の長いリクルートスーツを来た若い女性が座ってきた。彼女は疲れているのか、やがて眠りに落ちた。長いストレートの髪がサトルの肩にかかり、肩にもたれてくる。シャンプーの良い香りがする。これは、彼女がもしいたとすると、疑似体験だろう。彼女は目が覚めたときに、「あ、ごめんなさい!」と顔を赤らめる。

「生き返った。生の実感だ。」

 匂い、音、手触り、すべてが現実だ。夢にも何回も見た、電車の忘れ得ない風景だ。

 学校の最寄り駅で電車を降りると、登校中のいつものたまり場に向かうと駐車場に何人か集まっている。

「おはよう。」
「うーっす。登校前の一服はたまらんねー。」

何人かいつものメンバーが集まっている。
「なに、にやにやしてんの?」

「いや、久しぶりにお前にまた会えて嬉しいんだよ!」

「久しぶり??昨日も会ったじゃん、なにいってんの?」
「お前には昨日でも、俺にはとても長いこと会ってなかったように感じるんだよ!」

サトルはタイムスリップして、もう一度、高校生ができることを心から喜んでいた。

やがて、校門の前にやってきた。

「おい!ユミヨシ!お前、抜き打ち検査だ!ちょっとこっち来い。」

生活指導部の、ウネとカネコが呼び止めた。
ウネはサイボーグのように冷静沈着で、背が高く角刈り。カネコはリーゼントでいつも笑顔だが目が笑ってない。

 「いきなりか、なんで俺だけ?そう言えばいつも目をつけられていたな。」

【そういえば、こんなシーンあったな。この後、生活指導室で手荷物検査されて、タバコがばれて、停学だ。よし、渡り廊下を歩くときにゴミ箱があるから、隙を見て、カバンから取り出して捨てよう。】

サトルは、一瞬の隙を見て、ゴミ箱に捨てた。

ウネとカネコが、生活指導室に入るように促した後、手荷物検査を行う。

「あれ?タバコないな。お前は絶対持ってると思ったけどな。」

「先生、人が悪いな、疑うのは良くないっすよ。タバコなんて喫うわけないでしょ。」

【助かった!俺は過去を知ってるから未来が読めるんだ!】

時は、1990年6月。
バブル崩壊の日本経済。ジャクソン・ブラウンの「孤独のランナー」に憧れてウォークマンで洋楽ばかり聴いていた、あの頃。

サトルは、高校入学。7月にタバコの所持で停学になる予定だった。

【ということは、過去を変えることができる!つまり、未来も変えれる?】

変えたい過去はいくつかある。あの時、もっと勉強を頑張れば良い大学にはいれた。あの時、悪酔いしなければ、失敗しなかった。あの時、喧嘩しなかったら、離婚もしなかった。後悔のターニングポイントはいくつかある

サトルは、停学を回避をした。

夕方、下校し、帰りの電車に乗ると、見覚えのあるパーカーを着た青年が四人掛の席に座っていた。

「BLUE BIRD」のパーカーを着たあの時の、人生最期の病室で出会った青年だ。

彼は、ゆっくりと、世界の成り立ちを話すように、声をかけた。

「おつかれさま。どうだい、昔の自分に戻った気分は?人生を変えることができたかい?」

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