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No. 26 英語教育とtranslingual ⑤【イギリスの研究】


はじめに

前回の更新から物凄い時間が経ってしまいました。。。これからは、なんとか毎週1回(月〜木の間)は更新していきたいと思います。がんばれ、自分!

さて、ずいぶん前となりました前回の投稿では、translanguagingの身近な例についてみていきました。「島国・モノリンガル大国日本」(自虐的すぎですかね、、笑)では無縁かと思われるtranslanguagingですが、ものすごく日常的に行われていることなのだとおわかりいただけたかと思います。

今回はイギリスの大学にいる中国の学生に関する translanguagingmの研究をみていきます。

Wei(2010)の研究

研究対象となっているのは、ロンドンの大学にいる中国人の男子学生3名です。研究方法はインタビュー、社会生活の中のやりとりの観察・録画の分析です。この研究の特徴としては、moment analysis(やり取りの中の瞬間に現れるmetalanguage(言語に関する言及)を特に注意してみる)をしていることです。

筆者が発見したことの中で、僕が気になったのは以下の2点です(詳細はかなり省いています)。

  • 被験者3人とも、自身のmultilingualとしての言語的なidentityを快適に思っている

  • 複数のidentities(親といるときはより中国人的に振る舞い、友達などいるときはよりイギリス人のように振る舞う)ということを歓迎している

彼らがそう感じる証拠に、また上記のことを成し遂げる方法として、language mixing(複数の言語を適宜巧みに使いこなすこと=translanguaging)が大きな役割を担っていると、この研究では言われています。たとえば、英会話の中に中国語を織り交ぜることでジョークを言ったり、中国語では二人称の区別があるためダイレクトに感じられる"you"を使うのを避けたりしています(あえて使わないというのはある意味、中国語のpragmaticsによる結果と考えられる)

そしてこのtranslanguagingを通して、translanguaging spaceを形成していると、この研究では述べられています。translanguaging spaceは、translanguagingによって形成され、translanguagingが展開される場のことです。そしてそこでは、創造性 (creativity)とcriticality(「批判的思考」と意訳します)が受け入れられています。たとえば上記のようなジョークはもちろん創造性のなせる技です(前回の投稿のalohaisaiもその例ですね!)。また、批判的思考も彼らのidentityについての話の中にあらわれています。彼らの会話の一部を見てみましょう。

A: I don’t know. Are we Chinese? We are Chinese, aren’t we?
B: But we are not Chinese Chinese.

C: Yeah. We are not Chinese from China. We belong to the world.
A: Oh how grand. I like that. We belong to the world.

自分たちが中国人なのか?という問いは、まさに批判的思考によるものです(あえて問い質すことをしなければ、自分のidentityについて考えないですよね?)。そして2行目のChinese Chineseという表現もとてもいいです(中国生まれ、中国育ちのような意味)。そして彼らの結論としては、「世界に属している(=どこの国ということではない、広い視野を表している)」となっています。これも批判的嗜好が導いた結論だといえるでしょう。

以上のように、被験者である中国ルーツのイギリスにいる大学生3名は、translanguagingを通じてtranslanguaging space を形成し、そこで創造性や批判的思考のやりとりをしていました。もちろんこれが世界中どの場面にも当てはまるわけではないですが、少なくともこの研究のある「瞬間」にはtranslanguaging とそのspaceの形成が見られたのです。

おわりに

いかがだったでしょうか?

「遠い世界の話」と思われたかもしれませんが、translanguagingが世界中のいろんなところで行われているのではないか、という気がしてきていたら幸いです。

また、そこで僕は、英語学習がリアルな世界の英語使用場面を反映した(authenticityがある)ものであるべきならば、translanguaging spaceが英語学習の現場で当たり前になるべきではないかと考えています。そういった意味でtranslanguagingが語られ、当然のように受け入れられていくことを僕は望んでいます。

参考文献

Wei, L. (2010). Moment Analysis and translanguaging space: Discursive construction of identities by multilingual Chinese youth in Britain. Journal of Pragmatics, 43(5), 1222-1235. doi:10.1016/j.pragma.2010.07.035

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