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短編小説 ミュート (1256字)

花吹太郎27歳は一度も就職をしたことが無い、ただしアルバイトはある。
大学の就活から一度も、正社員就職試験に合格採用されたことが無い、
その訳は、彼の外見から来ているものでは無い、身長170センチ体重60
キロ、中肉中背、顔も特に不細工ではなく、五体満足な体を持ち、どちらかと言へばイケメン系であるし知的能力に過不足もない。敢えて難点を上げれば、無意識的に好き嫌いがハッキリしている事ぐらいである。
今回の入社試験もいつもの様に、あたりさわりのない履歴書を送りパス、筆記試験もパスした、ここまでは何時も来る。

そして面接の日がやって来た。
面接室に入ると、椅子が一つ、テーブル越しに三人の面接官がいた。
「花吹太郎です、よろしくお願いします」
向かって右の面接官から質問が始まった。
「何故、この会社を選ばれましたか」
「簡単に、自己紹介をしてください」
「趣味は何ですか」
太郎は、卒なく前日読んだ面接問答集に合わせ質問に答えていった。
「自分しか出来ないと思う事はありますか」
太郎はここまで順調に進んでいることもあり、口が滑った。
「音を消すことが出来ます。ミュートする事が出来ます。」
その言葉に首を捻って、右側の面接官が言った。
「具体的に、どういうことですか、」
「例えばテレビを見ていて、電話が来た時、テレビをリモコンでミュートして、電話にでますよね、僕は、リモコン無しで出来ます。」
左側の面接官も首を捻って
「わかりませんね、どうやってテレビの音を消すんですか」
太郎は饒舌になってしまい
「失礼しました。パソコンでユーチューブと同時にテレビのワイドショーも見ていたとしましょう、ワイドショーがつまんないので、リモコンでミュートしたと、しましょう。そのミュートを僕は自分の頭の中で出来るのす。頭の中でそのワイドショーの音を消せるのです」
真ん中の面接官がフォローするように
「つまり、暖簾に腕押し、聞き流すと言う事ですね」
太郎は止まらない
「いいえ、自分でミュートしたら頭の中で、音が消えるのです、聞こえないのです。ですからね、人から悪口を言われても、聞こえなくするので平気なんです、人間関係も上手く行くんです」
右側の面接官が理解できない様子で
「ほぅー、時間ですので、花吹さん、ありがとうございました。」
面接は終わった。
太郎は頭をかかえた、事実だが誰も分かってくれない。
それでも地球は回っている。ガリレオの気分だ。

じつは、この能力がなぜ生まれたのか花吹太郎は知っている。
花吹太郎が七歳の時、借金苦で両親が太郎を道連れに無理心中した。
しかし太郎は生き残った。それ以後、厄介者あっかいされながら三か所の親戚の家をまわり、アルバイトをしながら大学まで出た。
その生活の中から、何時の間にか、身に付いた、神が処世術として与えた能力なのだ。
今は一人暮らしとなり、その能力に助けられることも無くなったのだが。

数日後花吹太郎の元へ採否の通知が来た。
封筒を開けながら、残念ながらの文字が見えた。
「あああー」
と言う自分の声をミュートし、太郎は天井を見上げた。

おわり
















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