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いま自分が書いている「デザイン書」はデザインの本ではない?!「デザイン書」の本質と未来――デザイン書を書くということ:crema(黒野明子)さんの記憶と記録【後編】


インターネット登場以前から、「デザイン」をテーマにした書籍・雑誌は非常に多く存在します。

広義の「デザイン」を対象にしたものから、イラスト制作や意匠デザイン、さらには現代の社会には欠かせないUXデザインなど、非常に幅広い内容を対象としております。

その本質は変わらないものの、なぜ、日々新しいデザイン書が誕生するのでしょうか。

本連載では、「デザイン書」をテーマに、さまざまな立場・視点・キャリアをお持ちのインタビュイーの方に、「デザイン書」、その対象となる「デザイン」に関するお話を伺っていきます。


記念すべき第1回のインタビュイーは、多数のデザイン書の書籍執筆実績はもちろん、これまでデザインに関する講義やセミナーの講師、さらにはグラフィックやUIデザインの実務まで、「デザイン」に関する経験が豊富なcremaさん(黒野明子さん)です。

「デザイン書」をテーマにお話しいただき、その内容を前編・中編・後編の3回に分けてお届けします。今回は最終回・後編です。

前編はこちら↓

中編はこちら↓

Meta Horizon Workroomsでのインタビュー風景
取材日:2023年12月7日@オンライン(Meta Horizon Workrooms+Zoom)
聞き手:馮富久(株式会社技術評論社)
撮影:藤川麻夕子(株式会社ナラティブベース)

黒野明子(crema)
株式会社ブックリスタ/デザイナー
2018年、フリーランスデザイナーから株式会社メルカリのインハウスデザイナーに転身。2021年から株式会社ブックリスタ新規事業開発室に所属。ショートマンガ創作支援サービス「YOMcoma(ヨムコマ)」のUX/UIデザインや小規模デザイン組織づくりに取り組む。Adobe Community Evangeristで、著書に 「デザインの学校これからはじめるIllustrator & Photoshopの本(技術評論社)」がある。
※「YOMcoma」は、株式会社ブックリスタの登録商標です。


cremaさんが考える「デザイン書」とは?

前編」「中編」にて、cremaさんのデザイナーとしてのキャリア、そして、デザインに関するスキルアップなどについて伺ってきました。いよいよ本題の「デザイン書を書くこと」に迫ります。

――さっそくですが、cremaさんにとって「デザイン書を書くこと」はどのような位置付けになるのでしょうか。

いま自分が書いている「デザイン書」はデザインの本ではない?!――デザイン書とツール解説のデザイン書の違い

crema:
執筆そのものについてお話する前に、まず私が考える「デザイン書」についてお話させてください。いきなりで申し訳ないですが、もしかするとこのインタビューそのものの根幹を壊してしまう話になるかもしれないこと、ご承知おきください笑

――それは、ちょっと怖いですね苦笑

crema:
まず、いま、私自身が書いている書籍の多くは「デザイン書」ではないと考えています。はっきりと言えば、ソフトウェアの使い方解説書です。

ですが、私の最新刊の表紙には「一番やさしいデザインの入門書です。」と書いてあり、その点での矛盾があります。もちろん、まったくデザインに触れていないわけではなくて、デザインに関する内容も含まれてはいます。

cremaさんの最新刊
デザインの学校 これからはじめる Illustrator & Photoshopの本 [2023年最新版]』の表紙

このように考えるきっかけとなったのは、6年前に刊行された『世界一わかりやすい Illustrator&Photoshop&XD Webデザインの教科書』の執筆時の出来事です。

この本は、4名のデザイナー・インストラクターによる共著でした。プロジェクトを始めるにあたって共著者を探す中、執筆打診を受けた方の1人から「今回の本ってデザインの本?それともツールの本?」という質問が上がったのです。

このとき、私はハッと思いました。これまで私が「デザイン書」と考えていたものの多くは、実はツールありきのデザイン書、もっと言えば、ツールの説明が前提となっているものだったからです。

もちろん、デザインのスキルや概念をしっかりと扱っている本も多く読みました。たとえば、『ノンデザイナーズ・デザインブック』(マイナビ出版刊、現在は第4版)はその1冊で、ツールに関係なく、デザインそのものを解説した内容です。その他、最近ではプロダクトデザインやUXデザインなどを扱った、ツールに依存しないものも増えていますし、実際読んでいます。

その当時の気付きがあって、いまは自分自身の中での「デザイン書」の捉え方を明確にして、ツールの操作方法の解説が主目的の本なのか、デザイン(の考え方・方法論)の解説が主目的の本なのか、それを意識して執筆していますし、話をしたり読むときにも分けるようにしています。

とは言え、デザインツールの解説書は単なるマニュアルではなく、デザイン書の一種

――お話いただいた内容は、出版社としてもとても大事なことだと考えています。おっしゃるとおり、ツールの使い方を習得することが目的の本であれば、デザインの考え方を説明するだけでは成立しないことが多くありますし。

crema:
はい。ただ、ここでまた話をひっくり返してしまうかもしれないのですが笑、私がいま執筆しているようなツール解説が主目的の本でも、それもまたデザイン書の一種とも考えています。

回りくどい説明で恐縮ですが、ここでもまた、私の最新刊『デザインの学校 これからはじめる Illustrator & Photoshopの本[2023年最新版]』を例に説明させてください。

この本は、タイトルにもあるように、これからIllustratorやPhotoshopを使い始める方を対象とした内容で、初めてツールを使う人にとって、この本を読むことで自分の目的(名刺を作ったり、ポスターを作るなど)を達成することがゴールとなります。

ここで大事なのは、ゴールである「モノを創り出す」ことは、ただツールの使い方を覚えて、本のとおりに進める以外の可能性を秘めているということです。

まず、本の手順に従ってツールの使い方を覚え、1つの完成物ができたとします。そうすれば、次は、本のサンプルではない、自分だけの創作物を創りたい、となるはず。つまり、その次のモチベーションこそが、デザインに関わる部分で、デザインに興味を持ってもらうことも、この本の目的には含まれています

ですから、この本で言えば、ツールそのものの解説の前に、デザイン、あるいは、創作物に関する基本的な知識や考え方などを盛り込むことを意識して構成して、執筆していますね。

当然、この本だけではデザインのスキルアップはできませんが、この本をきっかけにデザインに興味を持ち、次の本であったり、情報を探して読んでくれることが重要で、それができるのはまた、ツール解説書としてのデザイン書(以降「ツール解説のデザイン書」と表記)の魅力や可能性だと思います。

言語化するとすれば、この本(を含めたツール解説のデザイン書)は、書籍のメインコンセプトはツール、ただし、本の内容(解説のプロセス)やゴールとなる創作物はデザイン領域を包含している、となります。

デザインの学校 これからはじめる Illustrator & Photoshopの本[2023年最新版]』の抜粋。

cremaさんの執筆体験で見えてきたこと

ツール解説のデザイン書ならではの特徴と執筆の難しさ

――改めて、cremaさんのお考えやデザイン書・ツール解説のデザイン書に関する詳しい説明を受け、このインタビューの趣旨がはっきりしたように思います。ありがとうございます。
では、いままでのことを含めて、cremaさんにとっての執筆について、本の書き方・進め方などを教えてもらえますか。

crema:
はい。では、まず、ツール解説のデザイン書が、デザインの考え方・方法論の書籍と異なる特徴を持つこと、またそれが執筆者にとって難易度を上げていることについて説明させてください。

ツール解説のデザイン書というのは、メインの対象読者はツールの入門者・初学者です。そのバックグラウンドは、たとえば、大学でデザインを学んだ方もいれば、趣味で制作を始めた方、次のキャリアを考えてジョブチェンジを目指す方などさまざまです。

このようにバックグラウンドがバラバラな方に向けて、ツールの解説するには、(すでにデザイナーとしてのキャリアを積んでいる)私自身の視点だけでは対応できませんし、また、それでは読者の目的を満たせるとは限りません。

これこそが、ツール解説のデザイン書ならではの難しさです。つまり、ただツールの使い方を書き続ければよいのではなくて、さまざまなバックグラウンドを持つ読者の方が理解して、実践できる内容、もっと言えば、文章にしなければならないのです。

編集者との良好な関係性の作り方

crema:
このとき、とても重要な役割を担うのが担当編集者だと私は考えています。

たとえば、円を書くツールを説明するときに、どういう日本語・文章で書くとよりわかりやすいのか、それがパソコンの知識がある方でもない方でも、違和感なく読み進められるのか、など、ツール自体の解説とはまた別の観点で文章化する必要があり、そこに編集者の目が必要になるわけです。

いまはツール解説のデザイン書を例に、編集者の重要性を説明しましたが、これは広義のデザイン書も含め、どのようなジャンルでも重要なのではと個人的には思っています。

――たしかに、執筆者にとっての編集者は、最初の読者と例えられることもありますし、その読者がどう感じているのか、それをきちんと双方で共有できるかどうかが大事ですね。

crema:
ですから、私の場合、原稿を脱稿(編集者へ提出)したあと、ツール解説そのもの以外の部分については、かなり編集者の方に任せてしまっています。とくにこの本は、すでに年度版として重ねて出版しており、担当編集者との付き合いも長くなったため、日本語(言い回し)に関しての編集・修正については、1つ1つチェックしてから行ってもらわず、いまはいきなりえいやと書き換えてもらっちゃっていますね。それを校正データ(草稿に編集者が手を加えたデータ)として確認しています。

ただ、これもまたツール解説のデザイン書ならではの特徴だと思います。デザインの概念書やマインドセットに関する内容など、執筆者の考えや意見を反映したもの、もっと言えば、小説のようなものであれば、編集者に勝手に文章を書き換えられたら、おそらく執筆者の立場としては気分良くないですし、執筆者・編集者の関係は悪化するだけではなく、壊れてしまうかもしれません。

新しい技術との対峙の仕方、取り入れ方

――ちなみに、版を重ねた場合でも、ツール自体のアップデートでこれまでにないまったく新しい技術が登場し、それを本に含めなければいけないケースがあるかと思います。そこもまた阿吽の呼吸で進めるものなのですか?

crema:
これはとても難しい部分で、一概には言えないという前提でお話させてください。

たとえば、2023年にAdobe Fireflyが登場したことにより、PhotoshopやIllustratorの中に生成AIで創作する機能が組み込まれました。これにより、創作の手順が大きく変わろうとしています。

最新刊ではそこまで詳しくは入れていませんが、今後はFireflyを含め、生成AIの扱い方、解説の仕方は慎重に考えて、次の版を出させていただけるのであれば、担当編集者としっかり話し合いたいです。ここは確認無しの阿吽の呼吸でできるものではないですね。

ただ、このときもまた、どのぐらい入れるのか(解説ボリューム)、サンプルをどうするのか、など、双方でしっかり話し合える関係性を持ててているかどうかはとても大事だと思っています。

――たしかに、新しい技術の場合、そもそも何ができるのかが理解されていない場合もあるので、その点も含めて考えないといけませんね。

crema:
はい。それから、これはAdobe関連のツールに限った話ではありませんが、新しい技術(機能)が出るのと同じく、いままであった技術(機能)がなくなるというのも、このようなツールの特徴の1つです。

この特徴もまたツール解説のデザイン書の難しさに関係します。というのも、本の中で取り上げたツールや機能が、執筆中や発売直後では含まれていたものが、突然、停止(利用不可)になることもあるからです。

実際、過去そういうケースがありました。そのときは、該当の解説部分の補足として、別途、同等となるやり方を説明した動画を準備して、限定公開で読者に提供したということがありました。

――これはまさに紙の媒体の宿命ですね。一度印刷すると(紙に書かれた内容は)変更できない。一方で、このように動画でサポートなど、突発的な変化・変更に対して対応手段が増えた、というのもまた、新しい技術(動画共有サービス)が生まれたから、とも言えます。

crema:
そうですね。YouTubeがここまで普及したことは、間接的に、紙の出版物にとって良い面での影響が出ていると思います。もう1つ、この事例でお伝えしたいのは、やはり担当編集者との関係が良好だったからということです。そして、私自身も含め、両者とも本の読者に「価値」を提供したいという気持ちがあったから、このように柔軟に対応できたと思っています。

2024年のデザイン書

いまは選択肢は本だけではない時代――noteや映像コンテンツ

――それでは、最後に2024年の「デザイン書」について、cremaさんのお考えや展望があれば教えてください。

crema:
非常に難しい質問ですね笑

いま、私自身は、現在の所属部署が、新規事業に関わっていることもあって、デザイン領域のど真ん中だけではなくて、事業の成長に関連するもの、たとえばリーンスタートアップやイノベーション(破壊的イノベーション)などに興味があります。

また、デザイン書で言えば、デザインの王道的な解説書よりは、たとえば、藤幸央さんが監訳した『SF映画で学ぶインタフェースデザイン』など、デザインを抽象的な視点から捉えた内容を読むことが多くなってきたように思います。一方、特定の技術領域(スマートフォンのUI)などに関するデザインについては、書籍ではなく、iOSであればAppleが提供するような、公式ドキュメントなどをまず読みます。

その中から、2024年の、という区切りよりは、ここ最近、そして、これからのデザイン書の位置付けとして、まず、20代や30代の若いデザイナーにとっては本よりもWeb記事のほうが身近になっているように思います。

何か興味のある内容の記事を見つけるとそれを読み、それをシェアするサイクルからバズる、といった現象をよく見かけるようになりました。

――Web記事というのはブログ記事ですか?

crema:
ブログというよりは、note記事ですね。私たちの世代では、アメブロやライブドアブログといったプラットフォーム、デザイナーであれば、自分たちでサーバをホスティングしてWordPressを準備してそこに記事を上げていく、といったようなケースが多かった用に思いますが、周りの若いデザイナーたちはほとんどがnote記事を読んだり、そこに記事を上げていることが多いです。

これは、noteのブランディング戦略に寄るところが大きいと考えます。その戦略に基づいて、noteユーザ体験の作り込み、さらには、noteのデザイナーが周囲の企業のデザイナーコミュニティをうまく巻き込むことで、一種のデザイナーコミュニティがnoteに出来上がっているのではないでしょうか。

中編でお話した)私にとってのmixiやCSS Niteの存在が、若いデザイナーたちにとってはnoteなのかもしれませんね。

読者にどれだけ選択肢を提供できるか、そして、選択肢となった本であることの意義

――そうすると、これからのデザインに関する情報は、「デザイン書」よりも、noteを中心としたWebメディアによる発信・共有が強くなる、ということでしょうか。

crema:
デザインについて知る・学ぶ、最初のきっかけとしてはnoteが強いかなと思いますが、note記事だけでは足りません。内容の深さ、情報量の多さなど、読者の目的に合わせて読まれるメディアは異なります。その意味で、本としての「デザイン書」の存在は重要と考えます。

また、最近は、Webや本といったメディアとしての選択肢以外に、内容に関しての選択肢の多さも、とても重要だなと考えるようになりました。

それもまた1つの声がきっかけでした。以前、私はIllustratorやPhotoshopに関しての動画コンテンツ講師を担当したことがありました。それはさまざまなスキルアップに関する動画コンテンツプラットフォームで、私がオファーを受けた際、すでに別の方によるIllustratorやPhotoshop解説動画があって、担当に「私(の講座)も必要ですか?」と聞いたことがあります。

担当の方に「IllustratorやPhotoshopの解説そのものは誰が行っても変わらないかもしれません。ただ、習う側(視聴する側)にとっては、解説の仕方、動画であれば、話す人の表情や話すスピード、声など、いろいろな要素を含めて、自分にとって最適な動画がほしいわけで、そのためには同じ内容の講座動画だとしても、別の方が解説することに大きな意味があるんですよ」と教えていただきました。

これもまた私の気付きであり、いま、私がIllustratorやPhotoshopのツール解説のデザイン書を執筆している理由の1つです。誤解を恐れずに言えば、私が執筆した本よりも、すてきなサンプルの本を書いている若手の執筆者がいるなと思うことはあるのですが、そのたびに当時の動画講座の担当の声を思い出し、私が書いた本で学びたい・学べたという方に向けて、選択肢としての本を提供することをモチベーションに執筆しています。

そして繰り返しになりますが、本という選択肢を提供することは執筆者と編集者との関係性がとても重要で、完成物として本が多くの読者に役立ててもらえるかどうかに大きく影響しますね。

デザイン書の未来

crema:
2024年のデザイン書という質問に対しては、少しピントがズレてしまったかもしれませんが、技術が想像以上に速いスピードで進化し、また、その解説にはさまざまなメディア(Web、本、動画、イベント)が用意できるようになった時代だからこそ、どれだけ多くの選択肢が提供できるか、そのためには今後も多様なデザイン書が登場するのではいかと思います。

とくに新技術は定着するまでの伝え方が難しいです。だからこそ、ツール解説のデザイン書であっても、執筆者の立場で考えれば、紙ありきで執筆するのではなく、まず読み手の求めている情報、その情報の特性を意識したコンテンツの作り方、メディアの選び方、紙なのか電子版なのか、そもそも書籍化なのか、Web記事化なのか、イベントなのか、この選ぶ目が非常に大事になっていくと考えます。

本の執筆という領域でも、最近私が興味を持っているリーンスタートアップや破壊的イノベーションの考え方を盛り込むこともまた、必要なのかもしれません。

――ありがとうございました。


💡cremaさん執筆の本💡

インタビューを終えて
以上、3回にわたり、黒野明子さん(cremaさん)のインタビューをお届けしました。
cremaさんのデザイナーとしての豊富なキャリアから広がった、デザイン書の執筆者としてのキャリア、そこで培った知識や経験を聞くことで、「デザイン書を書くということ」の意味や意義、さらにはその面白さや難しさが伝わったのではないでしょうか。
インタビュアーの立場としては、とくに執筆のきっかけとなったコミュニティの存在、そして、執筆以外のキャリア(動画講師)で気付いた選択肢の重要性という点が強く印象に残りました。
これからもcremaさんが書く、魅力的なデザイン書の登場を楽しみにしています(聞き手・技術評論社 馮 富久)。

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