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142)魚食は血圧を下げるのか、上げるのか?

体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術142

ミトコンドリアを活性化して体を若返らせる医薬品やサプリメントを解説しています。


【海洋由来オメガ3系多価不飽和脂肪酸は血圧を下げる】

エイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)の海洋由来オメガ3系多価不飽和脂肪酸の摂取が血圧を低下させることはほぼ証明されています。

EPA/DHAの摂取量と血圧の変化の間の関係に関するランダム化対照試験の最近のメタ解析として以下のような論文があります。

Omega-3 Polyunsaturated Fatty Acids Intake and Blood Pressure: A Dose-Response Meta-Analysis of Randomized Controlled Trials(オメガ 3 多価不飽和脂肪酸の摂取量と血圧: ランダム化対照試験の用量反応メタ分析)J Am Heart Assoc. 2022 Jun 7;11(11):e025071.

メタ解析とは、過去に行われたランダム化比較試験の中から信頼できるものを全て選び、統計的に総合評価を行うことによって、その治療法の有効性を評価する方法です。この論文では、2021年5月7日より前に発表された71件(参加人数:4973人)のランダム化臨床試験の結果をメタ解析の統計的手法で検討しています。

その結果、血圧を低下させる目的でのEPA/DHAの最適用量は1日に2g〜3gと報告しています。さらに、1日3gを超えるEPA/DHAの摂取は、心血管疾患のリスクが高いグループの血圧を下げる利点が認められると報告しています。
 
このように、海洋由来オメガ3系多価不飽和脂肪酸のエイコサペンタエン酸(EPA)とドコサヘキサエン酸(DHA)の降圧効果は十分に証明されていると言えます。

オメガ3系多価不飽和脂肪酸は、血圧を低下させる効果以外にも、高脂血症、炎症、血栓症などの他の確立された心血管危険因子を減少させる効果も証明されています。
 
オメガ3系不飽和脂肪酸の心血管保護作用は用量依存的であることが報告されています。多く摂取するほど、心臓血管疾患が減少するという意味です。日本の疫学研究の結果は、魚やオメガ3系多価不飽和脂肪酸の摂取量が多いほど、虚血性心疾患に予防的な効果があるということが示されました。以下のような報告があります。

Intake of fish and n3 fatty acids and risk of coronary heart disease among Japanese: the Japan Public Health Center-Based (JPHC) Study Cohort I(日本人における魚とn3脂肪酸の摂取と冠状動脈性心疾患のリスク:日本保健所(JPHC)研究コホートI)Circulation. 2006 Jan 17;113(2):195-202.

このコホート研究(JPHC研究)では男女約4万人を約11年追跡しました。魚およびオメガ3脂肪酸の摂取量は、2回の食事調査をもとに、摂取する魚の種類と1週間の摂取頻度、1回あたりの摂取量から算出しました。
 
追跡期間中に男性207人、女性51人、合計258人に虚血性心疾患が確認されました。虚血性心疾患とは、心臓に血液を送る動脈の硬化や血栓などによって、心臓の血流が悪くなることで生じる疾患で、代表的なものに心筋梗塞症があります。

魚の摂取量が最も少ない1日約20gのグループに比べ、その他のグループではいずれもリスクが下がり、最も多いグループでは40%低くなりました。また、全虚血性心疾患のうち、診断の確実な心筋梗塞(心電図、血液検査などから確定)に限った場合には、リスクの低下傾向がよりはっきり示されました。
 
魚の摂取量が最も多いグループ(中央値180g、週に8回ペース)でも、虚血性心疾患のリスクが低下しました。このことから、魚による虚血性心疾患予防効果は、週1~2回程度でも期待できるけれども、それ以上に食べるとさらに高くなることがわかりました。



【魚の摂取は心血管疾患を減らす】

魚に豊富に含まれるEPAやDHAといった二重結合をたくさん持った脂肪酸(オメガ3系多価不脂肪酸)には、血小板凝集能の阻害、血液の粘稠度を下げるなどの働きがあります。これが、魚によって虚血性心疾患が予防できる理由の一つと考えられています。

DHAとEPAは血栓形成を抑制し、血管内皮機能を改善します。さらにDHAとEPAは、細胞膜リン脂質に組み込まれた後、心臓のイオンチャネル機能や細胞シグナル伝達経路への有益な効果や細胞膜の流動性の増加などの電気生理学的効果を生み出すことができます。これらの効果は心室性不整脈や心臓突然死のリスクの低下と関連しています。
 
一方、魚は優れたタンパク質源と考えられています。魚に含まれる必須アミノ酸、脂溶性ビタミン、その他の種類の脂肪酸も影響を与える可能性があります。たとえば、魚はビタミンDの優れた供給源です。ビタミンDが体内に入ると、血圧を調節し、炎症を抑制し、血管平滑筋の増殖と血管石灰化を抑制します。魚には、セレンやカルシウムなどの微量元素も含まれています。セレンは、冠状動脈疾患患者の酸化ストレスと炎症を軽減することができます。

したがって、魚を食べることは、サプリメントでDHAやEPAだけを補給するよりも有益ということになります。



【魚の摂取量が多いと血圧が上がる?】

前述のように、今までの多くの臨床研究の結果から、『魚の摂取量が多いほど、血漿中のEPA/DHAが高くなり、その結果血圧が低下する』という関係が成り立つと考えられています。
(下図)


図:食事からの魚摂取量の増加は、血漿中のエイコサペンタエン酸(EPA)とドコサヘキサエン酸(DHA)の濃度を高め、血圧を低下させる効果がある。
 
 
「魚の多い食事は、エイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)の海洋由来オメガ3系多価不飽和脂肪酸の摂取により、血圧を低下させ、さらに心臓血管系の疾病を減らす」というのが、今までの常識でした。

しかし最近、名古屋大学大学院医学系研究科環境労働衛生学分野などの研究グループから「魚の摂取量が多いと、血中のヒ素の濃度が上昇し、血圧が上がる」という研究結果が報告されています。
こちらのサイトでプレスリリースされています。


ヒ素は自然界に広く存在する元素で、特定の量や形態で摂取すると健康に様々な悪影響を及ぼす可能性があります。ヒ素には主に無機型と有機型の二つの形態があり、無機型ヒ素がより毒性が高いとされています。

長期間にわたる無機型ヒ素の摂取は、皮膚がん、膀胱がん、肺がんのリスクを高めることが知られています。高レベルのヒ素暴露は、高血圧や心臓病などの心血管疾患のリスクを高めるとされています。感覚障害、学習障害、記憶障害など、神経系に影響を与えることがあります。
ヒ素は免疫機能に影響を及ぼし、感染症に対する抵抗力を低下させる可能性があります。
 
この研究グループは、魚の摂取頻度・空腹時における血液中のヒ素濃度・高血圧の関係性を調べる研究を実施しました。日本に住む 2,709 人の一般成人を対象として調査を行った結果、血液中のヒ素レベルが高い人ほど高血圧のリスクが増加することが確認されました。

さらに、血液中のヒ素の増加には、魚を頻回に食べることが関係している可能性が示されました。1 日に 1 回以上魚を食べる人は、血液中のヒ素濃度が高まり、高血圧になるリスクが上がる可能性を指摘しています。魚にはヒ素が含まれているので、魚食はヒ素の蓄積による健康被害として血圧上昇が起こるという指摘です。(下図)


図:食事からの魚摂取量の増加は、血漿中のヒ素(As)の濃度を高め、血圧を上昇する可能性がある。
 
 
もし、魚食によるヒ素摂取増加が血圧上昇の原因になっているのであれば、ヒ素の健康障害として知られる発がん、心血管疾患、神経障害、免疫抑制のリスクを高める可能性があることになります。つまり、「魚の食べ過ぎは健康に良くない」ということになります。



【気候変動は魚の有毒ミネラル汚染を加速している】

魚に含まれるヒ素は土壌から由来するものです。昨今の環境汚染によって、有毒なミネラルが大型の魚に蓄積しているという問題も浮上しています。魚の有毒ミネラル汚染で最も研究されているのが水銀汚染です。

米国食品医薬品局(FDA)は、マグロなどの大型魚に水銀濃度が高い例をあげ、妊婦や子供は食べないようにと呼びかけています。日本の厚生労働省もサイトで注意喚起しています。インターネットで「厚生労働省 魚 水銀汚染」などで検索するとサイトが多数見つかります。
 
石炭には水銀が含まれており、石炭が燃やされると、水銀は大気中に放出され、最終的には川、湖、海に沈殿します。

職人による小規模の金採掘では、水銀を使用してアマルガムを形成し、金を岩石から分離します。アマルガムは加熱されて水銀を沸騰させ、金を残します。この際、気化と流出した水銀の水路への流出によって水銀が環境に放出されます。これらの発生源から環境に放出された無機水銀は、河川や湖や海では、海洋微生物によって強力な神経毒性物質である有機形態の水銀であるメチル水銀に変換されます。

食物連鎖のなかでメチル水銀が生物濃縮され、私たちが食べる魚を汚染します。魚のメチル水銀濃度が増えていることが報告されています。(下図)


図:環境中の水銀は食物連鎖で魚を介して人間にも蓄積する。
 
 
 
石炭火力発電所が減って来たアメリカやヨーロッパに囲まれる北大西洋でクロマグロの水銀汚染が改善されてきたことが報告されています。

しかし一方で、温暖化によって降雨量が増え、地上にある自然有機物が水の流れを通して海へと移動し、魚の水銀汚染が増えていることが指摘されています。以下のような論文があります。

Climate change impacts on pollutants mobilization and interactive effects of climate change and pollutants on toxicity and bioaccumulation of pollutants in estuarine and marine biota and linkage to seafood security(気候変動が汚染物質の移動に影響を及ぼし、河口および海洋生物相における汚染物質の毒性と生体内蓄積における気候変動と汚染物質の相互作用と、シーフードの安全性との関連)Mar Pollut Bull. 2021 Jun;167:112364.

【要旨の抜粋】
この論文では、気候変動ストレス要因(温度、海洋酸性化、海面上昇、低酸素症)が河口および海洋生物相(藻類、甲殻類、軟体動物、サンゴ、魚)に与える影響の概要を説明する。

気温の上昇と極端な出来事は、河口と海洋環境における疎水性と親水性の両方の汚染物質の放出、分解、輸送、および移動を促進する可能性がある。
入手可能な汚染物質の毒性傾向データと情報に基づいて、いくつかの高リスク汚染物質の毒性は、気候変動ストレス要因のレベルの増加とともに増加する可能性があることが明らかになった。気候変動と汚染物質の相互作用の影響は、シーフード生物における汚染物質の生体内蓄積を促進する可能性がある。

将来の研究は、河口と海洋生物相に対する気候変動のストレッサー要因と汚染物質の複合効果に向けられるべきである。河口および海洋生物相を保護するには、温室効果ガスの排出(気候変動を引き起こす)と化学汚染物質の両方によって引き起こされる環境汚染を防止するための持続可能な解決策が必要である。
 
 

地球温暖化は降雨量を増やし、汚染物質の陸から水への移動を促進し、河口および海洋生物相における汚染物質が増える可能性があります。つまり、温暖化の影響で近海魚に水銀汚染が進む可能性を指摘しています。
以下のような論文もあります。

Terrestrial discharges mediate trophic shifts and enhance methylmercury accumulation in estuarine biota.(陸域の排出物は、栄養シフトを媒介し、河口生物相におけるメチル水銀の蓄積を促進する)Sci Adv. 2017 Jan 27;3(1):e1601239.

スウェーデンの研究者たちが地球温暖化で進む近海の水銀汚染について報告しています。この論文によれば、温暖化によって降雨量が増え、地上にある自然有機物が水の流れを通して海へと移動します。海水に移動する自然有機物は今世紀末までに15%~20%増えるとされ、移動した自然有機物のなかには水銀も含まれます。それが微生物によって水俣病の原因となったメチル水銀へと変化します。食物連鎖のなかでメチル水銀が生物濃縮され、私たちが食べる魚を汚染します。魚の水銀濃度がこれまでの7倍も増える可能性もあると指摘しています。
  
最近は、世界中の至る所で大雨が起こっています。この大雨は、陸地の水銀を海洋に流し込み、海洋と魚の水銀汚染を高めています。



【培養した微細藻類由来DHAが注目されている】

魚に含まれるエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)は魚の体内で合成されているのではありません。EPAとDHAを作っているのは微細藻類です。プランクトンが微細藻類を食べ、小型魚がプランクトンを食べ、大型魚が小型魚を食べるという食物連鎖によって、サバやサンマやカツオやマグロなどの魚油にEPAやDHAが蓄積しています。人間はこれらの魚を食べることによってEPAやDHAを摂取しています。(下図)


図:オメガ3系多価不飽和脂肪酸(①)のエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)は微細藻類(②)が合成している。プランクトンが微細藻類を食べ、小型魚がプランクトンを食べ、大型魚が小型魚を食べるという食物連鎖(③)によって、魚油にEPAやDHAが蓄積している。脂の乗った魚料理(④)を食べることによって、人間は魚に蓄積したDHAとEPAを摂取している(⑤)。
 

がんや認知症や循環器疾患の予防や治療にDHAやEPAが有効であることは確立しています。従って、DHAやEPAの多い脂の乗った魚を多く食べることが推奨されています。
 
しかし、メチル水銀やヒ素など海洋汚染に由来する有害物質の魚への蓄積の問題が、魚食を安易に推奨できないレベルまで深刻になっています。特に魚のメチル水銀汚染が重要な懸念になっています。 
 
メチル水銀は毒性が強く、血液により脳に運ばれ、やがて人体に著しい障害を与えます。また、母親が妊娠中にメチル水銀を体内に取り込んだことにより、胎児の脳に障害を与えることもあります。

魚摂取が増えるとメチル水銀の体内摂取が増え、胎児の脳の発育に悪影響を及ぼすことが明らかになり、厚生労働省は平成15年(2003年)に妊婦の魚摂取に関する注意事項を公表しています。

米国食品医薬品局は、マグロなどの大型魚に水銀濃度が高い例をあげ、妊婦や子供は食べないようにと呼びかけています。つまり、妊婦や小児にとって魚は多く食べてはいけない食品になっています。 

そこで、海洋でDHAとEPAを作っている微細藻類を培養して、培養した微細藻類からDHAとEPAを取り出せば、汚染物質がフリーのDHA/EPAを製造できます。閉鎖環境での培養のため、汚染の心配がありません。藻類由来なので菜食主義の方も安心して摂取できます。 
 
微細藻類の中でもDHA含有量が極めて多いシゾキトリウム(Schizochytrium sp.)をタンク培養して製造したDHAサプリメントが欧米などで販売されています。日本でも今後増えてくると思われます。
 
閉鎖環境での培養のため、汚染の心配がありません。植物由来なので菜食主義者も抵抗なく摂取できます。(下図)


図:オメガ3系多価不飽和脂肪酸のエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)は微細藻類が合成している(①)。プランクトン(②)が微細藻類を食べ、小型魚(③)がプランクトンを食べ、大型魚(④)が小型魚を食べるという食物連鎖によって、魚油にEPAやDHAが蓄積している。人間は魚油からDHAとEPAを摂取している(⑤)。環境中の水銀(⑥)が魚に取り込まれてメチル水銀になって魚に蓄積する(⑦)。DHAとEPAを産生している微細藻類をタンク培養して油を抽出すると(⑧)、汚染物質がフリーで、植物由来のDHA/EPAが製造できる(⑨)。
 
 
 
以上をまとめると、魚の多い食事はがんや循環器疾患や認知病など多くの病気を減らす効果があります。したがって、魚を多く食べることは推奨されます。しかし、海洋汚染のレベルが高くなっている現状では、魚の食べ過ぎは妊婦や小児には推奨できないのは事実です。
 
魚の摂取が推奨できないグループ(妊婦や小児)に対して、汚染フリーの微細藻類由来のオメガ3系多価不飽和脂肪酸の利用は一つの解決策です。
 
脳の発達にはドコサヘキサエン酸(DHA)が必要です。子供の知能を高めるためには、妊婦や小児は有機水銀の多い魚は止め、微細藻類由来のDHAを補充することは有用です。

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