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パン職人の修造132 江川と修造シリーズ パン職人NO,1決定戦 Shapen your five senses


パン職人の修造 江川と修造シリーズ パン職人NO,1決定戦 Shapen your five senses


北風が吹いてリーベンアンドブロートの駐車場の落ち葉がクルクルと舞っている。

パンを買いに来たお客さん達はいつもならテラスでパンを食べるのだが最近は店内の暖かい喫茶コーナーが満員だ。

開店当初は不慣れだったスタッフも今では無駄の無い動きをしている。

パン粉(瀬戸川愛莉)はパンの品出しをしながら工房の江川と目が合うとお互いに手を振り合う。

それを見るたび大坂は俺も立花さんともう少し仲良くなりたいものだと羨ましい。大坂は何度か帰り道に中華屋で食事を出来る様になったものの、仕事中目があってもそのまま目を逸らされる。まるでパン箱や製パンの機械でも見ている様に。


さて

2階の事務所ではパソコンの前に座って事務員兼パン職人の塚田が修造に話しかけた。



「この調子で繰り上げ返済していくと1年以内に借入金が払い終わりますね」

「だな、でもそろそろ通常の返済に戻すよ」

「え?戻す?何故ですか?やはり借入金があった方がいいとか?」

「そんなんじゃないよ」修造はこの店の自分が動く期間が意外と短いもんだと思った。

2年はすぐやってきそうだ

約束だ

約束とは

律子と約束した2年

自分に課した2年

江川を一人前にする2年

その前に江川にはやって貰う事がある。


「江川」

「はいなんですか」

「これからお前にはちょっとした試練を乗り越えて貰う事になる」

「えっ?!な、何ですか試練って」
江川は突然修造が試練と言ったのが怖くなり身を竦めながら聞いた。

「どうなるんですか僕」

「今はまだ言えない」

「ちょっとぐらい教えて下さいよう」

「何があっても俺を信じろ!そして自分を信じるんだ」

「えー」

「俺とお前の、男と男の約束だ」

「男と男の?」なんだか不思議な言葉を聞いた様な江川の表情を見て、場違いな事を言ったと気が付いた修造はバツが悪そうにした「ごめん」



その日の夕方

江川とパン粉は家でおでんをする為に買い物をして江川の住んでる笹目マンションに帰って来た。

2人で仲良くおでんを作って煮込みながら江川はパン粉に質問した「ねえ愛莉ちゃん、男と男の約束ってどういう意味なんだろう。女と女の約束も女と男の約束もあるでしょう?」

勿論この言葉の持つ昭和のニュアンスはわかってはいるが実感はない。

「死語じゃない?未だに使ってる人とかいるのね。でもなんか女と女の約束ってよっぽどな時じゃないと使ったらいけない気がするな」

「修造さんがね、僕に試練を乗り越えて貰う事になるって言ったんだ」

「試練?」

「何だろう、なんか怖いな」

パン粉にも男と男の約束事はピンとこなかった様だ。

「でも修造さんを信じろというのは正解だ」


次の日

事務所にいた修造の元にNNテレビのデイレクター四角志蔵がやって来た。

「どうも」

「シェフ、何かいい企画があるそうで」

修造は四角を呼び出して2人何時間か話をした。

「成程ね、シェフ、これ企画会議に早速提案してみますが対戦相手はどうやって見つけますか?」

「それは考えてなかったな。パン選手権の時はどうやって見つけたんですか」?

「ある人物に頼んだんですよ、シェフ」

「ある人物?誰だろう、上層部の人物とか?」

その時四角は何か言いかけてやめた。

「おっと時間だ、決まり次第ご連絡します」


修造の考えた企画は取り上げられ何だか大袈裟な程大きく扱われる事になった。

数日後のある日、大型の会場に仕切りが設けられてセットが作られた。
そしてモニターと電光掲示板があちこちに付けられる。


収録当日

スタッフルームに修造、那須田、佐々木、大木、鳥井が集まった。

「うわ、おれ選手の方じゃなくて良かった」台本を見ながら那須田と佐々木が言った。

『ある人物』とやらが集めた20人の選手には先日招待状が送られていた。

それを受け取った者達は当日控室でスタッフから受け取ったコックコートに着替えて、荷物は全部ロッカーに仕舞う様に言われる。

その中に江川の姿があった。

江川も招待状を受け取り、修造に行くように言われていた。コックコートの左胸の所には『18』と書いてある。

総勢20人がきょろきょろしながら言われるがままに移動し、ひしめき合って暗い部屋に入った。

「なにここ」

「怖い」

「暗い」

「これから何があるんだよ」

と皆口々に言った後

全員が「あっ」と反対側の扉の上を見ながら言った。

暗い中電光掲示板が光る。

混捏(こんねつ)しろ 250gのバゲット10本分

皆が読み終わってざわつき出したタイミングで扉が開いた。

全員その向こうの部屋に移動する。

「あっ」

20台の作業台とミキサーの横に材料が置いてある。

江川は18番のテーブルの前に行った。

準強力小麦粉、今測られたかの様な温度の水、塩、インスタントドライイースト、モルトシロップが置いてある

そして全員が「あっ」と驚いた。

「秤がない」

「秤無しでやるのかよ」20人全員が口々に言いながらそれぞれ材料を目分量で計り、ミキサーで生地を捏ね出した。

皆自分の作業に取り掛かっている。

江川は普段の自分の作業を思い出した。たまに良い感じにメモリぴったりに量れる時があるじゃないか。その時の感じを脳内に甦らせる。
全てが手探りのままミキサーに材料を入れる。
後は感覚で水を足しながら固さを調節した。

その後生地をケースに入れてフロアタイムを取ろうとした「タイマーも無いのか」目分量も不安だし、時間も自分で計らないといけない。

待ってる間隣の者と話したり、自分一人で考える者もいた。

「よう」ポンと江川の肩を叩いた方を振り向いて驚く。

「あっ鷲羽君。フランスから帰ってたの?」

「休暇で帰ってたんだよ」

「僕パン学校の話聞きたいな」

「後でな江川」今はそれどころでは無い。

皆体内時計をフル活動させている最中だ。半透明のケースに入ってる生地の発酵具合で分割のタイミングを見ている。

その内江川はある事に気が付いた

「あ」

生地と書いてあるから生地を仕上げる所まででいいんだろうか
「でもホイロもオーブンも無いし」

江川は迷ったが、生地にパンチを入れてまたフロアタイムを取った。

かなり時間が経過していて不安だったが、生地の発酵具合を見て決めるしか無い。

焦って早めに分割をしだすものが出てきた。

「まだだ多分」江川は他に聞こえないように口に出した。

「もう少し緩んで来るのを待とう」

ケースの中で生地はゆっくりと発酵し始め徐々に膨らんで大きさが変わっていく。

辛抱辛抱

修造はカメラに映ったその様子を別室で見ながら

以前に送り主のわからないバゲットの本に挟んであったメモに


必ず一番良いポイントがやってくる その時をじっと待つ事だ


そう書いてあった

その事を思い出していた。

「まさにこれだな」


つづく

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