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----- サムライドドンパ ----- ----------- Short Story ----------

   信長が桶狭間で今川義元を討ち取った。

ただの若造だった信長が、駿河・遠江の守護代今川義元の首を取った。
「窮鼠猫を嚙む」というがまさにそのまんまだった。

「織田信長か、ようもやり遂げたものよ。度胸だけではない、運も味方にしておったのであろうの」
桶狭間の知らせを持ってきた薬売りに答えたのは、ここ立野の地を治めている立野学堂(以下学堂)だ。

「まさに仰せのごとく、戦は運否天賦にございます。強い、度胸、だけでは勝てませぬ。運も味方にせねば戦には勝てませぬ」
薬売りは学堂に調子を合わせると銭を受け取り屋敷を出て行った。
学堂は曇りがちの空を仰ぎながら先のことを危ぶんでいる。
学堂の周りにも戦の臭いが漂い始めているのだ。

「戦なんぞしたくもないが、戦はこっちから行かなくても向こうからもやってくる。話し合えなぞとバカを言う奴もおるが、下手すりゃかえって戦の元になる。何よりも戦を仕掛けてくる奴が話し合いで引っ込むわけがなかろうが、しかしこの先どうしたものか」

学堂の家臣たちの意見も主戦論者と和平論者に分かれている。
だがやはり多いのは主戦論者だ。
そもそも家来はみな侍であり、戦うことが本来の仕事だ。

そんなときに、小が大を倒した信長の勝利の知らせが舞い込んできた。
学堂の家臣たちも信長大勝利の話しで燃え上っている。
燃えているのはもちろん主戦論を説く者たちだ。
その主戦論者たちの筆頭が桑野権左衛門(以下権左衛門)、歳は若く二十五歳。

学堂の信任も厚い男で、仲間も多く特に若い者は慕う者が多い。
権左衛門の口から出てくる言葉は侍なれば当たり前ともいえ、学堂に会うたびに言う。
「我らもどこぞの与力となって戦慣れするとともに、お家を大きくしていかねばなりませぬ。さもなくば、いずれはどこぞの餌食となりお家も消えてしまいまする」

 とはいえ侍は家中におよそ八十人、足軽たちを入れてもせいぜい百ニ三十人程度の軍勢しかできない。
これでは軍勢ともいえず、せいぜいが立野一家と言える程度である。
それでも権左衛門は言う。

「いまは数は少なくとも、戦で勝ち方に加わっておけば、おのずと家来も田畑も増えまする。それに数が少ない今こそ勲功を上げれば立野の家名も学堂様のお名前も高まりまする。強き家の傘下に入り、名を上げるのがお家と領内に安心と安穏を得る最良の策にございます」

権左衛門の言うことに賛意を表する者は多く、家臣のほとんどが権左衛門の支持者だ。
だがそこは永く安穏に暮してきた立野家だ。
当然ながら権左衛門の言葉に異論を持つ者もいる。

その筆頭が左慈京之介(以下京之介)だ。
権左衛門と同い年であり、幼少のころからの遊び仲間でもある。
京之介は和平論者で戦どころかケンカもいやだ、という穏健派だ。
だが悪く言えば八方美人であり、敵味方どちらからも信用されない立場だ。

この京之介に従う者の数はわずかで、一番こたえるのが「臆病者、情けない、それでも武士か」という嘲りだ。
権左衛門たちの罵りもわからないわけではないだけに、なおさら堪える。
とはいえどうしても権左衛門の言うことには従えない。

この状況は学堂にとってもほってはおけず、二人の仲を取り持ち、意見の統一を図ろうとするがどちらも強情っぱりで中々思うようにはいかない。
家中の意見が分裂したままでは敵をわざわざ誘い込むことにもなり、仮にいま戦が起きれば命取りになりかねない。

何よりも主である学堂自身の気持ちが定まっていないのだ。
どちらかというと権左衛門の主戦論を支持しているようにも見えるが、京之介の平和論にも傾いていそうにもある。
権左衛門に会えば彼の意見に好意的だが、京之介と会えば彼の言葉にうなづいてしまう。

家臣たちも言っている。
「学堂様がどっちつかずでは、それこそお家の一大事になりかねぬ。そろそろ立野の生き方を周りに示さねば、このままではお家が危ない。我らのこういう意見の食い違いを近隣はすでに知っておる。立野を攻めるならいまが好機と見ている者もおろう」

「同感じゃ、しかし決めるなら権左衛門の意見を立てるべきであろう。たとえ相手と向き合って和平で話しがついても、その代わりに貢納かさもなくば兵を出せと言われるか、あるいはその両方じゃ、弱い者の意見は通らぬのが話し合いというものよ」
家中の大方の意見はすでに権左衛門の意見にまとまり始めている。

だがそれでも京之介とそのわずかな仲間は頑なに和平論にこだわったままだ。
「京之介も剣術は家中でも師範級で居合抜きはこの辺りでは勝てる者はおるまい。なのに意外と気弱なところがある。あれが何とかなればの」

「そうよ、京之介は幼いときから気の優しい男で虫でさえ殺すのを厭うような性格じゃからの、強くて優しいのはええが、気弱で優しいのは最悪じゃ。いまの世には向かぬ男かもしれぬの」
話しは続く。

「しかしの、権左衛門は京之介と並ぶほど剣の腕は立つし、根性もあるし、度胸もある。あるが、ただのォ・・」
「そうなのよ、ちと性格がの、激しくて切れやすいのが難点よ、この難点は本人どころかお家の危難にもつながるでの」

「権左衛門には攻撃的なところがあるでの、いつだったか、旅の者を斬り殺したこともあったよの」
「ああ、あれか三年前じゃったな、どこの旅人かいまも分からぬままじゃが、面倒じゃと遺骸を横の谷に捨ててしもうた。もう骨になっておろうがあの後もその谷には仲間とともによく遊びに行きよった。冷酷で薄情じゃがこれはこれで戦の世では役にも立つがの」

「やはり京之介より権左衛門の意見に乗るのが、お家のためにも良かろうの。どこぞの配下に入っておけば一安心できるしの。いずれにせよ、今の世は一家だけでは生きてはいけぬ。まとまって進まねば門さえ守れぬ」

 その権左衛門と京之介には互いに許嫁がいる。
権左衛門には「お万」という許嫁がいて、京之介には「お千」という許嫁がいる。
家臣たちも言っている。
「権左衛門には『お万』、京之介には『お千』。許嫁まで「万」と「千」で相対しているようじゃ。あの二人、よほど因縁があるのか、それとも本当は仲がええのか」

 そのお万が権左衛門に言う。
「京之介様は実によきお方にございます。生涯の友とも言えるお方。なれど権左衛門様、あのお方は少々気弱にございます。いまの荒れた世には向かぬお方にございます。万には、京之介様は立野のお家を危難に導くような気がいたします」
権左衛門は「さすがお万殿じゃ、まさしくその通りじゃ」と答えた。

お千はお千で京之介に言う。
「権左衛門様は剣も達者で利口なお方にございます。何よりも豪胆なお方、お家を守るにはあのお方以外にはおられませぬ。京之介様は権左衛門様とは性格が真逆、常のときならばよろしゅうございますが、いまの世ではいかがかと思いまする」

「お千殿もはっきりと言うのォ。まあそこがええとこじゃが」
「わたしのことは、ようございます。京之介様、女子が余計なことを言うてはまことに申し訳ありませぬが、家中の大方の意見に倣い権左衛門様の意見を聞き入れ家中を一つにまとめてくだされ」

京之介は、お千の言うことは十分過ぎるほど分かる。
だが、立野のような小さな家で、下手にどこかの武将の下につけば、いいように利用されて砥石のようにすり減り、最後は滅ぶだけだと思っている。
京之介はお千に答えた。

「しかしのお千殿、肝心の主である学堂様の気持ちがよう分からぬ。権左衛門の意に沿うようなことも言われれば、わしの意見に沿うようなふりもされる。権左衛門の意見に添うのは易いが、学堂様の本心がわからぬでは軽々には動けぬ」
「確かにあのお方は優柔不断なところがございますな」

「ああ、そうよ、強い者の意見に従う癖があるが、場所が変わればまた変わる。いまは権左衛門様の意見に流れそうじゃが、明日の朝になればどうなるか、わかったものではない」
「学堂様のあの性分は治りますまい。よほどの・・」

「よほどの、何じゃ」
「変事、というか・・」
とだけ言って黙ってしまった。
どうやらお千は言い過ぎてはと思っているらしかった。

 そのようなとき、隣の領主である石館家で謀反が起きた。

石館家は立野家よりも領地は大きく家臣も多い。
その石館家の侍大将が石館の主とその家族を真夜中に襲い皆殺しにすると、それに合わせて向こう隣りの笠山家の兵が一斉に攻め込んだ。
侍大将と笠山は組んでいたのだ。

 立野にとって石館は何せ隣で日頃からもめ事も無い。
夜中に石館家の男女数十人が、てんでばらばらになって立野の領内に入り、朝になるとボロボロになりながら学堂の屋敷に転がり込んできた。
続いて石館の侍大将の配下と笠山の兵がそろって無断で国境を越え、立野の屋敷に迫っていると知らせが入った。

学堂は頭を抱えた。
近臣と家臣、もちろん権左衛門と京之介も大広間に呼ばれた。
学堂が言う。
「どうする、石館の者はみなよう知っておるが、守れば我らが笠山に襲われる。我らの兵は逃げてきた石館の家臣を入れてもおよそ百あまり、向こうはおよそ三百、その後ろにはまだ六七百はおる。いまでも勝てるかどうか分からぬのに、笠山が本気で攻めてくれば勝負にはならぬ。縁戚の者どもも急なことで身動きが取れぬ。万事休すじゃ、どうすればええ」

家臣は声も無く黙っている。
黙っているということは逃げてきた石館の者をみな笠山に差し出すということだ。
だが学堂は何か都合のいい案は無いか、とだけ思っている。
つまりは石館の者に恨まれたくないし、さりとて笠山と戦う気もないのだ。

学堂はつい漏らした。
「よりによってうちに逃げ込みよって、ええい石館のやつら腹立たしい」
みなが何とも言えぬ複雑な顔で学堂を見ていた。
権左衛門も京之介も、もう少し様子を見ていたいようだ。

 すると玄関で騒ぎが起こった。
石館の謀反に加わった侍数人と笠山の侍が合わせて二十人ばかり騎馬で現れた。
学堂は石館の侍と、笠山の鎧姿の組頭など数人を大広間に入らせた。

 大広間で笠山の組頭が血の飛び散った兜を脱いで大声で怒鳴った。
殺し合いをやってきたばかりだ、声にも有無を言わさぬ力がこもっている。
「わが笠山の主はこう申しております。『立野殿と争う気は毛頭無い。しかし石館の者どもをすぐに差し出さぬなら立野殿と戦になりもうす。そのときは立野殿一家一族は敵にござれば容赦は致しませぬ』 学堂殿、ご返答やいかに!」

権左衛門も京之介も来るべき時が来たと思ったが、同時に少し早かったとも思っている。
笠山の組頭の言葉が続く。
「学堂殿、いかが致されますや。いまここで我らを皆殺しにされても立野家の滅亡は火を見るよりも明らかでござる。我らここに飯を食いにきたわけではござらぬ、すぐにご返事をいただきたい。すぐにでござる」

大広間は騒然とした。
学堂は引っ込もうとしたが、すぐに止められた。
「主殿がその有様では何とされる、お家の一大事でござるぞ、勇気を出されませ」
そう言ったのは笠山の組頭だ。
学堂の家臣はみなが呆れていた。

学堂は生来の小心者だった。
「話し合おうではないか」
と浮世離れしたことを口走った。
笠山の組頭が怒った。
「何をバカなことを、いまさら何を話し合うおつもりじゃ、これが最後じゃ、返答なくばすぐに戻り、明日にはこの屋敷は丸焼けになりまするぞ。どうなさる」

「誰かええ策はないか」
すると権左衛門が京之介を見ながら立ち上がった。
権左衛門は言った。
「逃げてきた者を差し出してはお家の名に傷がつきまする。ましてや石館とは常より親しき間柄、この家の者を差し出すは人として許されませぬ。笠山殿ご一行には、とりあえずお帰りいただき、後に良き案を示そうではありませんか」

学堂も家臣も以外だった。
強き家の傘下にと日ごろから言う権左衛門なら、石館の者を差し出し、笠山の配下になろうと言いそうなものだが、そうではなかった。
とりあえず笠山の者たちを帰らせ、時間を稼いで石館にも笠山にもいい顔をしたいという権左衛門の下心をみなが見抜いた。

すると学堂は京之介に問うた。
「京之介はどう思うか」
京之介も権左衛門を見ながら立ち上がり答えた。
「石館の者たちを差し出すがよかろうと思えます。まことに不憫なれど、こうなったのも謀反も石館の主殿の不手際であり、不徳のいたすところでございましょう。

なのにわが立野の家も道連れにされては迷惑至極にございます。
立野のお家が残るには石館の者を差し出すしか道はございませぬ。石館への情けは立野をつぶします。笠山殿の意向に従うしか道はございませぬ」
言葉は冷たいが、道理は通っており、家臣の誰もが同意した。

だが権左衛門は違う、激怒した。
「何を抜かすか、この腰抜けめ。貴様も石館の家には知人も友人もおろう。なのに謀反を謀った者どもや笠山に差し出すとは、貴様は人ではない、それほど腰抜けで卑怯であったとは許せぬ。いまの言葉、取り消せ、さすれば許してやる」

だが京之介は揺るがない。
「腰抜け、卑怯で結構じゃ。いまのわがお家に石館の者と笠山の軍勢に勝てる見込みは万に一つも無い。勝てぬと分かっておる戦をやることも大事じゃが、今は違う。一に大事はわれらが立野のお家、二に大事は我ら家臣とその家族である。それをみな捨てて石館に殉じる気か、正気の沙汰ではない。よく考えろ、一族郎党四百人の命がかかっておるのじゃ、石館と心中するつもりか」

権左衛門は叫んだ。
「貴様は鬼じゃ、人の姿をした血の通わぬ鬼じゃ」
「鬼でよい、鬼で結構、鬼でも魔物でも魑魅魍魎でも構わぬ。もうよい、かくまっておる石館の者たちには不憫じゃがすぐに差し出すべきじゃ」
「命じるは貴様ではない、何様のつもりじゃ」

学堂は黙って権左衛門と京之介を見ている。
笠山の組頭は落ち着いて学堂と二人を交互に見ている。
京之介は大声で怒鳴った。
「もうよい!石館の者総て笠山に引き渡せ」

学堂も家臣も呆気にとられた。
京之介のこのような顔と怒声を見たことも聞いたこともなかったからだ。
すると数人の家臣が立ち上がり学堂に言った。
「奥にいる石館の者を笠山に預けまする、よろしゅうございますな」
学堂は言った。
「よい」。

怒ったのは権左衛門だ。
「お館様、おやめくだされ、ここで差し出すは人の道ではございませぬ。戦ってこそ名も上がります。おやめくだされ」
いつの間にか”戦って”になっていた。
権左衛門は明らかに自分を見失っていた。

京之介が権左衛門に怒鳴った。
「見栄と体裁で勝てぬ相手と戦をする気か。生きておれば勝つことは不可能ではない。生き残ってこそじゃ、死にたくばお前一人で死ね」
権左衛門は身体が震え顔が真っ青になった。
「わしとともに戦う者は立ち上がれ」

だが誰も立たない。
「ゴンよ」
と言ったのは京之介だ。
餓鬼のころはゴンと呼んでいたことが思わず口から出た。
「権左衛門よ、主命は出ておる。もうあきらめよ」

すると権左衛門は京之介に数歩近づき刀の柄に手をかけた。
「やめろ、お前と争うても意味はない。抜くなゴン」
「イヤァー」という掛け声とともに刀が一瞬キラッと光った。
だがみなには二つ光ったように見えた。

見ると権左衛門は刀を振り回しながら首から血を吹き出し、ウウッと唸りそのままドッと倒れ込んだ。
京之介はと見ると、すでに刀を鞘に納めていた。
笠山の組頭が感心したように言った。
「居合抜きか、お見事じゃ、見事な居合、初めて見たわ」

権左衛門はピクピクと痙攣していたがじきに静かになった。
周りの者は返り血で顔や着物が真っ赤になっていた。
学堂はいつの間にか消えていた。

京之介は権左衛門の遺骸に手を合わせながら考えていた。
(お万殿にも権左衛門の父上母上にも取り返しのつかぬ事をした・・が、これでよい、これでよいのだ)
 陽が少し傾くころ石館の者が連れていかれた。

 あくる日、権左衛門は樽に入って野辺の送りになってこの世から消えた。
同じ日、京之介は特に変わったこともなく、立場が良くなりもしないが悪くもならない。
大広間では血のついた畳を畳屋が替えていた。
学堂も京之介と会っても普段と変わらない。
みながあの話題にふれたくないのだ。

 二日後、空のキレイな日だった。

京之介はお千と二人で川の土手にいる。
お千が言う。
「あれ以来、あまりお話しになりませぬね」
京之介は川面を見ながらお千に言った。
「うん、少し自分が変わったような気がしている。そうは思わんか」
「はい、少し」

「初めて人を斬った。それも権左衛門をの」
「やはりお気になされておりますのか」
「いや、どうもそうではないようじゃ」
「そうではない、とは」

「うん、あの人を斬った、手と腕と身体の感覚がの、忘れられんのよ。獣を斬ったような感覚、カツッと骨を斬ったときの気持ち、吹き出した血の赤さ、どれもが今も心身に残っておる」
お千はじっと京之介の横顔を見ている。

「戦の世の中じゃ、いずれは人を斬ることも殺すこともあろう、その時は怖れず一気に討ち込もうと思っておった。しかし権左衛門はいとも簡単に倒れてしもうた。
あれを思い出すと心身が高揚するような気分になるんじゃ。このような気分になるとは意外であった。
それに、お万殿にも権左衛門のご両親にももう悔悟の念すら消えておる。わしは悪人かの」

お千は答える言葉もなく呆然と京之介を見ている。
「お千だけに言うがの」
「はい、何でございましょう」
「人を斬りたい気分じゃ」
「あれまぁ」と言いながら、お千は大しておどろかなかった。

「こんなことを言うわしは怖いか」
「いいえ、ちっとも、人殺しはなりませぬが、敵を殺すのは当たり前にございましょう。わたくしも敵を殺さずに自分が殺される京之介様なんぞ見とうはございませぬ」
「さようか、安心した。戦に出たい、いや本当に戦の場に立ちたいと思うておる」

「やはりお人が変わられましたな」
「いや、これが本当のわしのような気がする。斬って斬って斬りまくって、せめて小さくとも良いから城を持ちたい。お前を城持ちの女房にしてやりたいと思うようになっておる」
「まあ城持ちの女房に、さようで、嬉しきことにございまする」
お千は本心から言っているようだった。

 それから数日後、屋敷へ笠山の者がやってきた。
京之介は呼ばれて屋敷に行くと、あの時の組頭がそこにいた。
学堂は京之介を見ると笑いながら言った。
「京之介よ、笠山にゆけ」

何のことかわからない。
組頭が言った。
「お手前、左慈京之介殿、笠山に仕えてはくれぬか。学堂様の許しは得た。俸禄はいまより高く、屋敷も手配済みじゃ。お手前の腕はすでに拝見しておる。物事の考え方も合理的で良いし、わが笠山の殿の許しもすでに得ておる。
そなたの他にも五人ばかりもらいうけることを学堂様より快諾をいただいた。京之介殿、おいでくだされ、外の世界はとてつもなく広うござるぞ」

京之介に不満は無い。
家に帰りお千に言った。
「お千よ、主が変わった」
「どういう意味でございましょう。
「わしはもう笠山の家臣じゃ」
「へッ、そ、そのような」

「あのときの組頭殿の側に仕えることになった。笠山は飛ぶ鳥を落とす勢いで大きくなっておるゆえ家臣が足らぬのじゃ、それで今日学堂様の前で口説かれた」
「はあ」
「での、その笠山の上の上に誰がいるか知っておるか」
「どなたが、おいでで」
「信長じゃ」

お千は嬉しそうに答えた。
「お千は京之介様にどこまでもついてまいりますぞ」
京之介の隠れていた血が沸騰を始めていた。


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