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美に耽る年末年始——服部まゆみ心酔日記

12月初旬、天啓を得た。服部まゆみ著作をすべて読むべし、と。

きっかけは1冊の本、『この闇と光』

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この小説が、自分の読書の趣味のど真ん中に突き刺さったのでした。
耽美な世界観、洒脱な登場人物、毒を含んだ美文。そして天国のように豊かで完璧だった世界が崩壊するミステリー的展開。ページ数は多くはなかったので、1日で一気に読み上げましたが、わずかな時間でも過ごした闇の世界にすっかり心を蝕まれていていました。むしろ闇の世界で過ごした恐怖と恍惚の時間が忘れられず、戻りたいとさえ思った。

この耽美的世界観に浸りきり、現実に醒めることなく過ごすことができたら。服部まゆみさんは現実感を限りなく薄め、幻想を構築することができる。ずっと摂取し続けたい、芳しい美酒のよう。

いてもたってもいられず、服部まゆみ著作を調べ上げました。すでに鬼籍に入られており(ショック……)、全部で10冊の本を出版していると。わずかな著作を、急いで書店やネットで買い集め、年末年始の休暇期間で読むことにしました。

『時のアラベスク』

時のアラベスク

服部まゆみ氏のデビューは横溝正史賞受賞。古書で購入しましたが、手元に届いて装丁を目の当たりにし、うっとりしました。

服部まゆみ氏は銅版画で賞を受賞しているほど。デビュー作の自著に自身の銅版画を使うなんて、なんと贅沢で濃密な服部色であるか!表紙をめくった先の中表紙には、真っ赤な紙に金でタイトルと著者の名前が刻まれており、非常に洗練されている。読む前からひれ伏してしまいそうでした。

若き天才作家である澤井慶の出版記念から、映画化の話が持ち上がり、ロケとしてロンドン、ブリュージュ、パリなどを巡る。行く先々で凄惨な事件、怪しい人影、崩壊していく現実。ミステリーとして解決が提示されたとき、今まで魅せられていた景色がすべて虚飾であり、愛憎で成り立っていたことを突き付けられ、打ちひしがれました。
美しい世界観を紡ぎつつ、確実に毒が混入されている残酷さ、そのバランスが絶妙でした。読後はしばらく、多幸感に浸り何も手を付けたくなかった。

『罪深き緑の夏』

罪深き緑の夏

作者が美術関係に造士が深いこともあり、出てくる登場人物の感性が高いく、ふるまいなども繊細で良い(他作品に出てくる、蘊蓄を垂れるステレオタイプな美術家は、でてこない)。本書もミステリーとして、悲惨な事件を巡りフーダニットからワイダニットへと謎が展開(人を”無駄に”殺さず、作品を殺すというのも、美術家への精神的殺人のようでいい)。

自分は謎を解くことよりも、主人公が一心不乱に蔦屋敷の一室にフレスコ画を描いていく様子にとても酔いました。
夏と蔦屋敷という、濃密な世界観の中での独占欲の暴走は悪い毒であるとともに良きスパイス。夏にもう一度読み返したい。

『時のかたち』

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四種の短編と、エッセイとインタビューが収められている本書。
短編は、トリッキーなミステリばかりでした。登場人物たちがとても豊かで、賑やかで、花束に囲まれた読書をしているようでした。

印象深いのは「『怪奇クラブの殺人』」と表題作。
「『怪奇クラブの殺人』」は、主人公が怪奇好きで偏屈な祖父を恨み、些細な悪意が殺意に変わるが、それを呑み込んで愛してしまうという、うつり気な短編。祖父に勧められたとある一冊の本を読み、祖父を好きになった瞬間に感動を覚えてしまいました。いつかその本も絶対に読む!
「時のかたち」はミステリーとしてもアッと驚きました。描写がやや抽象的なので、謎がスッキリ解かれるわけではないが、人物のちかちかと乱反射する心を見ているようでした。

『黒猫遁走曲』

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いなくなった黒猫メロウを狂ったように探す翻訳者(老婆)と、舞台スターを夢見る青年の妻殺しがクロスして、カオスなサスペンスに。
黒猫を必死に探すあまり憔悴していく様や、妻殺し後の証拠隠滅のためのとある行為をまるで演じるように成し遂げていく様など、吐露するような文体で語るので、どんどん乱心していました。歪んでいく物語世界にぞわりぞわりとしつつ、読み切る。これは耽美というより、狂気を味わう話。

Wikipedia調べの刊行順で読み始め、年末でここまで読了。年越しには『一八八八 切り裂きジャック』を読みましたが、そちらは次回以降書きます。

服部まゆみさんの著作の世界観構築には、モチーフとして文学作品や映画作品、芸術が挙げられることが多々あります。また、どの作品にも猫(時たま、犬)が出てきて、非常に愛されている。『時のかたち』にはエッセイもいくつか掲載されていたのですが、著者は自分が気になったこと、好きになったことに関しては言葉を尽くして語りつくしたい、というようなおしゃべりさんな印象です。偏愛ぶりが垣間見えるので、どの作も楽しい。


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