見出し画像

コトバとココロ

「だからぁ、違うって言ってるでしょ。そんなんじゃないの。あれはただの友達だって。うん。そう。うん。違う違う」

その女性はさっきからずっとスマホで話をしていた。

肩まで伸びた金色に近い茶髪。
もともとの造形が分からなくなるまでに塗りたくられた厚化粧。
語尾がはっきりとしない舌足らずなしゃべり方。

今どきの若い女性のサンプルのようなイキモノ。
自由だ個性だと言いながらも、彼女らにマニュアルがあるのは明白だった。

なにせみな同じブランドに身を包んで、同じような化粧をしているのだから。

わたしはため息をつきながら、ぬるくなってしまったコーヒーを口に運ぶ。
もうかれこれ30分は店内に彼女の声が響き渡っている。

ちらっと様子を見てみるが、まだまだ話は終わりそうにない。

永遠に続くのではないかと思えるほど、同じトーンで同じような内容の話が続けられている。まるで壊れたレコードのようだ。
それだけ話しても通じないのならば、もう諦めればいいものを。

そろそろ限界だ。
感情も抑えきれなくなってきた。
一言、言ってやらねば。
そう思って席を立つ。

「あの」
遠慮がちに声をかける。

すると彼女は「何?」といった感じに片方の眉を上げてわたしを見上げた。
もちろんスマホは手にしたままだ。

「その会話いつ終わるんですか」
「はぁ?」
異様に後ろ上がりの疑問符をわたしにぶつけてくる。

「てか、あんたに関係なくない?」
「関係なくはないでしょう」
「何? 何か関係あるわけ?」
女性のそのしゃべり方に怒りがこみ上げてきたが、何とかそれを抑え込む。こんなことでキレてしまっては、うまくいくこともいかない。

「わたし、あなたのことが好きなんです」
きっぱりと言い切り、女性の瞳を見つめる。
彼女は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。

「は? あんた何言ってるの?」
「好きだと言ってるんです」
「ちょ、えぇ?」
驚いて言葉を失う彼女。
微妙な沈黙の間。

そして数秒後、
「何か、キモいおっさんいるから店出るね」
彼女は電話の相手にそう伝えると、怪訝そうな顔でわたしのことを見ながら店を出ていった。

そのうしろ姿を目で追いながら、わたしは深く息をついた。

よかった。
これで静かになった。

そう思っていても、目に涙が浮かぶのはなぜだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?