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エストニア、その第一印象

(こちらは、Mediumで2019年1月4日に投稿された記事のnote転載です)

株式会社クロスデジタル 代表取締役・株式会社ブロックチェーンハブCommunity Manager & Industry Analyst の増田 剛です。

先日の記事の通り、SLUSH2018参加の為、フィンランドを訪れていましたが、途中でエストニア(タリン市)に立ち寄りました。

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0. 基本情報
エストニアの国土は日本の約1/9で、人口は約140万人ほど。
バルト海を挟んでフィンランド・スウェーデンと隣接するとともに、大国ロシアと国境を接しています。
特にロシアとはロシア帝国・ソ連時代に歴史的な困難を経験しており、ソ連崩壊後に独立を勝ち取ったのは1991年と比較的近年のこと。隣国の脅威は現在のエストニアにおける様々な施策に影響を与えています。
今回、首都タリンへは、ヘルシンキからフェリー船で約2時間。内海の為、穏やかな船旅です。

e-solutionの先駆として
ブロックチェーン技術が世界的に注目されたことで、ここ数年の間にエストニアにおけるe-solutionの取り組みが大きな注目を集めました。彼らの取り組みについては、e-Estoniaのサイトに詳述されています。

電子政府化の取り組みが始まったのは、約20年前の1997年のe-Governance開始まで遡ります。当時は、ソ連崩壊後の混迷期で、ロシア軍が撤退したとはいえ、ロシアからの物理的・精神的な脅威は存在していました。

e-Governance is a strategic choice for Estonia to improve the competitiveness of the state and increase the well-being of its people, while implementing hassle free governance.

国家の生き残りを賭けた「戦略的な選択」でした。

その後、2001年からオープンソース情報基盤としてX-Roadが稼働しました。中央的なマスターデータベースを有しない、24時間365日稼働する分散型システムです。X-Road導入によって、1年間で官民あわせてのべ約800年相当の労働時間が節約されたと言われています。

翌2002年には電子IDが導入され、現在はほぼ全て(約98%)のエストニア国民が電子IDを保有しています(実質、強制的な取得)。電子投票も2005年から世界に先駆けて開始されました。

これらのe-solutionの取り組みは、Ülemiste Cityのテクノパーク(Technopolis Ülemiste)の一画にあるe-Estoniaショールームで情報を得ることが出来ます。完全予約制で、平日9:00~17:00に1~1.5時間のプログラムを提供しています。

エストニアを代表するIT企業といえば、Skypeですが、かつてはエストニアのe-solutionの取り組みに関する各国からの視察要請・情報照会はその知名度ゆえにSkype宛てに集まっていたようです(Skypeに勤務していた知人曰く)。ブロックチェーンブームの盛り上がりとともに、いよいよ負担が増してきたので、行政側でなんとかして、ということでこのショールームが立ち上がったのだとか。

ブロックチェーンとエストニア
e-Estoniaによると、エストニアにおけるブロックチェーン(に類するもの)の導入研究は2008年頃から進められていたようです。2008年といえば、サトシ・ナカモトがホワイトペーパー「Bitcoin: A Peer-to-Peer Electronic Cash System」を発表した年ですから、早くからこの概念に着目していたということになります。

背景には、2007年に発生したエストニアの政府・報道機関や銀行などへの大規模なDDoS攻撃があるようです。当時、ロシア系住民との対立から、ロシアの関与が疑われ、これがよりセキュアな分散技術の導入への強い動機付けとなったのでしょう。

エストニアのブロックチェーン推進で重要な役割を担ったのが、Guardtime社で、そのKeyless Signatures' Infrastructure(KSI)という技術を採用しています。この技術は厳密にはブロックチェーンとは異なるものではあるものの、暗号化ハッシュによってデータを繋いでいく(ハッシュツリー)を形成していく、という意味では広義のブロックチェーンとも捉えられるようです。詳細はGuardtime社が公開している論文「Keyless Signatures' Infrastructure: How to Build Global Distributed Hash-Trees」を参照してください。

個人情報の電子化(ペーパーレス)・キャッシュレス
上記の通り、行政のみならず電子化が進んでいる為、昨今日本でも議論されるこれらの分野でもかなり進んでいます。

行政手続きの90%以上が電子化されていて、かつデータが地方自治体を跨いで共有されているおかげで、転居したり、別の病院にかかったりしても、個人情報を二度も三度も要求されることがありません。それに伴い、プリントアウトして持参したり、紙に記入したりすることも少ないわけです。現地で暮らす数人に話を聞いてみても、データのポータビリティ(可搬性)をメリットとして挙げる人が多かったと思います。

キャッシュレスについても、現金オンリーの店舗はほぼ無かったと記憶しており、実際、滞在期間中は現金を一切使わずに済みました。トラムやバスもICカード(Suica/Pasmoのようなもの)を使うことで現金の出番はありません。

トラムやバス等の公共交通は市民の足尤も、これはエストニアに限った話ではなくて、欧州はたいがいそのような体感です。(日本に帰国すると、日本がいかに現金主義かを再認識します)ちなみに、エストニアではクレジットカードではなくデビットカードの普及率が非常に高く、専らデビットカード払いが主流なのだとか。信用枠の問題なのか、加盟店手数料の問題なのか、分かりませんが。

スタートアップ環境
先に挙げたSkypeがエストニア発としては最も名の売れている企業かもしれません。米国のPaypal創業者達をPaypal Mafiaと呼ぶのに対して、Skype創業者達をSkype Mafiaと呼ぶ向きもあるようです。

もともと理系教育が盛んなお国柄らしく、IT系のスタートアップが多く勃興しています。Skypeのみならず、最近のフィンテック企業の中では国際P2P送金サービスを手掛けるTransferWiseもエストニア発の好事例でしょう(今はロンドンを本拠としていますが)。

起業家を支える組織も多く存在しています。コワーキングスペースとしてはLIFT99など。これらスタートアップエコシステムを総称してEstonian Mafiaというようです。

LIFT99国民全員が電子IDを持っている等、ITビジネスを展開するうえで必要なインフラが揃っていることも背中を押しているのかもしれません。今回訪問させていただいたBlockhive社が展開するILP(Initial Loan Procurement)という手法においても、ローン契約締結スマートコントラクト(Agrello社が提供)の背景には電子IDによる迅速・効率的なKYCコンプライアンスチェックの実現が重要な役割を担っているそうです。

こうした環境を見聞したいということで、エストニアには世界中から様々な視察団・ビジネスツアーが引きも切らない状態とのこと。日本から官民それぞれから多くの訪問があるようで、日本向けの現地コーディネーションビジネスも既に立ち上がっています。日本人はとかく「視察旅行」が大好きなので、自戒も込めてよくよく理解しておかなければならないことがあります。

先ず、目的・アジェンダを明確にし、事前に先方と共有すること。表敬は最も嫌われることであり、あくまでビジネス観点で双方にメリットがあるようにする必要があります。勿論、訪問したから必ず提携や商売をしなければならないということはありませんが、少なくとも可能性は事前に含んでおくべきですね。また、視察の主は大企業であることが多いですが、日本の大企業が来たからと言って現地のスタートアップはありがたいとも思わないし、あくまで何を提供できるのか、という点でしか見ないという点も留意しておきたいです。

私は前職で米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルやスタートアップと多く付き合う機会がありましたが、そこでもまさに同じことが当てはまりました。日本そのもののレピュテーションに直結するものとして厳に意識したいところです。

第一印象 まとめ
国としての規模は小さく、首都タリンも非常にコンパクトではありましたが、先進的(エストニアでは最早当たり前かもしれないが日本対比では十分先進的)な電子政府の取り組みによって、Eビジネスの領域では「小さな巨人」という印象です。

国民もその利便性を十分に理解し、活用し、メリットを享受している様を見ることができました。これは大変重要なことで、社会・ユーザーの受容度が高まっていないと、いくら新しい技術・サービスを市場に流し込んでもなかなかうまくいきません。例えば、ブロックチェーンのような破壊的な特性を持つものであれば猶更でしょう。分かり易いメリットをいかに提示して、理解してもらい、体感してもらえるか。

日本では、先ずはマイナンバー普及、というところなのでしょうか。マイナンバーが解なのかどうか、という議論はあるとしても。