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ショートショート『ブルーアイランド』

冒険家のジョージ・アオーレは、まだ夢の中にいるようだった。

彼を乗せた船は大波に飲まれ、沈没。しかし、死を覚悟したものの、自分は生きている。

ただ、“夢の中にいるよう”と言ったのは、生きていることを実感したからではない。今、自分が置かれている空間が、あまりにも現実離れしているのだ。

アオーレは、なんてことはない普通のベッドから身体を起こし胡坐をかいているが、この決して広くはない部屋一面が真っ青なのである。

壁紙が青いだけではない。テーブルもタンスもフローリングも壁時計も、それからベッドもタオルケットも、すべてが青色なのである。そこに他の色は存在していない。うっすら目を開けただけで、一気に意識が覚醒するほどの鮮やかなブルー。それだけに、夢と結論付けるほか、理性が納得しなかった。

どこかに漂着し、助けてもらったのだろうと推測はできる。でも、ここがどこで、そして、なぜ青色一色なのかは全くわからなかった。

思考を無理にでも前に進めようとすると、青色の扉の向こうからノックの音が鳴った。アオーレは乱れた呼吸を落ち着かせ、できるだけ用心深く「どうぞ」と言った。

「失礼します」と言って入って来たのはひとりの女性。その姿を見たアオーレは、息を飲んだ。青いワンピースを着ているだけなら、何も驚かない。腰のあたりまで伸びた長い髪の色や肌の色、瞳の色まで、またまた鮮やかなブルーなのだ。

「あら?命の恩人に対して、お礼の一言もないわけ?」

あまりに驚いたアオーレは、肝心の言葉を失っていた。

「あ、ありがとう。君が助けてくれたのかい?」

「そうよ。たまたま海岸を散歩していたら、流木にしがみついたあなたが打ち上げられていたの。クジラかイルカかと思ったらヒトだったからびっくりしたわ」

「ブルーアイランド」というのは、アオーレが勝手に名付けたニックネームだ。この国では(どうやら島国らしいのだが)、ブルーであることが当たり前だから、そのことが特殊だとも思われていないため、ことさらに外に向かって強調することはない。

アオーレの命を救ってくれた彼女は、アンナコと名乗った。年は20歳で、ひとりで暮らしているという。見ず知らずの男を部屋に入れることに抵抗は無かったそうだ。

そんなアンナコに連れられ、アオーレは町に出かけた。空も海も綺麗な青といえば、憧れのリゾート地として羨ましがられるかもしれないが、もちろんそうではない。アスファルトもガードレールも、ポストも公衆電話も、マンションやビルの外壁も街路樹も、すべてが青色なのだ。

昼下がり、アンナコの自宅を出てすぐのところにある青いカフェバーでオーダーしたのは、ビールとウインナー。青色のビールはまだしも、青色のウインナーはどうも食欲が沸かない。青色のプレートに添えられたケチャップのようなものも青く、まるでパレットの上の絵の具だ。

「これ、ケチャップだよね?」

「そうに決まってるじゃない。こんなところに絵の具を添えるわけないでしょう?」

行き交う人たちもみな、それぞれにブルーのスーツやワンピースなどに身を包み、アンナコと同じく、髪の色や肌の色、瞳の色まで青い。だから、アオーレが周りを見る以上に、人々は彼に対して奇怪な視線を注いだ。小さな子どもたちは隣にいる母親の手をぎゅっと握り、明らかに怯えている。

白のTシャツにカーキー色の短パン。髪の色は赤黒く、肌は薄い小麦色をしているから、どうしたって目立つ。というか、浮く。アンナコといえば、誰もが持っていない珍しい生き物でも連れて歩いているように思っているのか、恥ずかしがるどころか胸を張って大手を振っている。変な娘だ。

青の通行人たちの訝しがる視線と、かろうじて耳に届いてしまうヒソヒソ話に耐えながらしばらく歩いていると、大きな交差点にぶつかった。青色の自動車やバイク、トラックが目の前を走っている。

見上げると信号機があった。アオーレが暮らす国にあるものと同じ形をしているが、無論、色はすべて青色だ。

「これ、何色になったら渡れるの?」

「青色よ」

「じゃ、何色になったら止まるの?」

「え、青色に決まってるじゃない」

「どっちがどっちかわからないんだけど……」

「見ればわかるでしょう。あなた、何のために目が付いているのよ」

fin.

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