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はじめての賞

 私の通う小学校には写生会があった。たしか年に一度のイベントで、校外に出て一日ずっと絵を描くというものだ。終わらなかった場合は持ち帰って仕上げてもよいから、せめて下書きだけは済ませるようにと言われていた。

 もちろん小学生なので、普段は授業を受けているはずの時間に外へ出られるというだけで大事だ。ちょっとした遠足気分。絵を描くことのほうがおまけみたいなものだ。

 何年生だったか覚えていないが、その年は近くの牧場まで行き、その中で題材を選んで描くこととなった。ささっと数分えんぴつを走らせただけで遊び始める男子もいる中、私は仲の良い友達が牛を描き始めたので隣で同じようにした。

 絵の描き方は特に決まっていなかったが、えんぴつで下書きをし、水性絵具で色を塗るのが普通だろう。私は早く終わらせてしまいたかったので、いきなり水性絵具で描き始めたと思う。でなければ、この後の問題発生時に修正できたはずだからだ。

 私は胴体から描き始めたらしい。そして首を上方向に伸ばしてしまってから牛を見て困った。最初は上を向いていたのに、下を向いていたのだ。下向きのその顔を首の角度に合わせて描けば良かったが、当時はそう考えられなかった。牛が上を向くのを待っていても一向にそんな気配はない。しかも牛の首は想像していたより太かった。私の絵では人間のように、太い胴体からそれより細い首が出ていた。

 困った私はとりあえずその問題を後回しにして、下向きの牛の頭を模写した。そこへ担任の先生が通りかかって、頭と胴体が繋がっていないことを指摘し、どうするつもりなの、と問う。確かに小学生の絵としては少しサイコパス的な怖さがあったかもしれない。

 追い詰められてしまった私は、「あーもうどうでもいいや」となってしまった。お昼前に終わらせたかったというのもある。それで頭から首を伸ばし、胴体から伸びている首と接合させるために苦肉の策としてぐるっと一回転させた。つまり、牛の首は輪になった。

 その日のうちに提出して、絵のことはもうすっかり忘れていたのだが、なんとこの絵が校内で金賞を取ってしまう。校長室に呼ばれて、市内コンクールに出したいがどうか、と尋ねられ、周囲に推されるがまま承諾すると、そこでも賞を取り、県庁に飾られることとなった。

 市長から表彰され、校長先生と一緒に県庁まで行った。評価されたポイントは飾られた絵の下に説明されていた。「牛の首の動きを子供らしい自由な発想で生き生きと表現した作品」

 先生たちもその他の大人たちも笑顔だったので、私は罪悪感に見舞われた。そんな事はこれっぽっちも考えておらず、ただその場しのぎに無理やり終わらせただけだったから。

 世の中の評価というやつは、本人の意志や情熱とは全く関係ないこともある。

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