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すべては「愛に戻るためのレッスン」

私は一人っ子で、小さいときから、私の両親はそれぞれに、自分の価値観、良かれと思うことを基準にして、私に「愛」を注いでくれました。

私は二人を傷つけたくないから、どっちの言うことも受け入れたいし、彼らの言うことに応えたいと思っていました。

けれども、父も母も、それぞれ価値観がまるで違い過ぎて、いつも私は板挟みになっていました。

父の言うことを受け入れたら、母が不機嫌になる。
母の言うことを受け入れれば、父が不機嫌になる。

二人の間で、私はいつも混乱してばかりいました。

本当は、どっちの言うことも受け入れたかった。だって、子どもにとって、親という存在は、無条件に大好きな人だから。

だけど、子どもなりに、その混乱を整理するためには「父を悪者にして、母の味方になる」という生き方を選択するしかありませんでした。

だから、私は母と、ずっと一緒でした。精神的にも物理的にも。

それでも、母に対しても、だんだん納得いかないこと、本当はこう言いたいのに言えない、ということが、少しずつ少しずつ増え始めました。

そして、父とケンカばかりして悲しんでいる母を、大切な人を悲しませたくない、そして、自分も傷つきたくなかったから「自分が言いたいこと、思っていること」にフタをしました。

見たくないモノ、感じたくないモノにフタをして、見て見ぬふりをして、自分さえ我慢すれば、丸く収まると思ったから。それが一番、楽だと思ったから。

でも、知らず知らずのうちに、私の心のなかには、父に対する怒り、母に対する憎しみ、そういうドロドロした気持ちが溜まっていきました。

心にドロドロが溜まるにつれて、だんだん、子どもの頃は大好きだった両親のことが、大嫌いになりました。

彼らからすれば「良かれと思って」「愛だと思って」私に注いできてくれる「愛」に対しても、「こんなの愛じゃない!!」と思うようになり、

「二人とも、私のことを愛してなんかくれていない!」
「愛してるんだったら、〇〇してくれるのが普通でしょ?!」


愛されていることを疑い、「愛」のカタチに不満を持つようになり、大人になってからも、本当に本当に…長い反抗期を続けていました。

***

何年か前に「毒親」という言葉を知り、「あぁ、私の両親は毒親だったんだ!」と、そのときは、なんだかすごく救われた気がして、スッキリしたことを覚えています。

「ほら、私は悪くなかった!やっぱり親が悪かったんだ!」と、自分の人生がうまくいかない責任を、これで二人に全部押し付けられる…!!

そんな権利を得たような気分になったのです。

しばらくは、それで楽になったような気がしていました。

でも、親を悪者にしても、どこか心の奥に引っかかるものがありました。

それに、自分の人生、生きづらさが、それで楽になったかというと、そうでもなかったのです。

そうでもなかったどころか、ずっと後回しにして、自分を蔑ろにしていたツケが回ってきて、どうにもならない、人生ドン底だわ…みたいな事態に陥りました。

そこからは、以前から書いている通り【鏡の実践】や【内観】を続けてきたことで、自然と、親との関係、色んな人との関係、お金との関係…すべてが少しずつ順調に回り始めました。

そんな私が、いま感じていることは、どんなに辛い出来事や、途方に暮れるような出来事が起きたとしても、それらはすべて「愛に戻るためのレッスン」「自分を愛するためのレッスン」だったんだ。

そして、私の両親は、両親なりに、私を必死で愛してきてくれたんだ。

私にとっては、彼らの行為が「愛」にはとても見えない!と感じるときもあったけれど、そのときの両親ができる精一杯のことで「愛」を表現してくれていたんだ、ということです。

私は、ニュースになるような虐待を受けた経験はありません。だから、ご両親から、ものすごく辛い、酷い虐待を受けた方にとっては「自分の親は毒親」という考え方は救いになるのかもしれない…とも思います。

酷いことをされたのなら、その相手を無理に赦そうとしないで、まずは、自分が自分の味方になってあげることが、すごくすごく大切です。

自分が自分を大事に愛していけば、ご両親からは貰えなかった「愛」を、必ず別の誰かから受け取ることができます。





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