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【掌編小説】作文『発見したこと』

 ぼくはよく、物をなくします。
 教科書やノートはなくさないのですが、ゲームやマンガはしょっちゅうなくしてしまいます。なので、お父さんとお母さんにそのことで怒られることが多いです。
 ぼくは誕生日にゲームソフトの『ボケットモンスター ちほう・にんち』の『ちほう』の方を買ってもらったのですが、それもなくしてしまいました。とても大事にしていたし、クリアまでもう少しだったので、かなしかったです。
 なくしてしまったのは、トイレから帰ってきたときでした。
 ぼくはトイレに行きたくなると、かならずマンガを持っていきます。トイレは落ち着くので、どくしょがはかどるからです。おしっこもできるので、いっせきにちょうです。でも、トイレでマンガを読んでいることがお母さんにバレると怒られてしまうので、その日も服のおなかのところの下にかくして、トイレにいきました。『酩酊探偵 コサン』の五巻でした。ちょうど、せっかく犯人こうほの人たちを集めたところなのに、コサンが謎ときのさいちゅうによっぱらってしまい、ろれつが回らなくなり、犯人側がなにも聞きとれなくて謎解きがしっぱいしてしまうところまで読んでいました。なので、続きが気になってついトイレに持っていってしまったのです。
 けっきょく、コサンはそのまま寝てしまい、謎ときが終わらないままその巻を読み終えました。トイレからもどってきたので、遊びにきていたべつの小学校のタカザワくんとボケットモンスターのつうしん対戦をすることにしました。
 しかし、ぼくのソフトが見当たらないのです。タカザワくんもいっしょに探してくれましたが、タカザワくんが家に帰る時間になっても見つかりませんでした。
 マンガをなくしたのも、タカザワくんが家に遊びにきていた日でした。雨の日だったのでとくに外で遊ぶこともなく、家でふたりでマンガを読んでいました。
 ぼくは酩酊探偵コサンがだいすきなので、お酒ずきのコサンが酒やさんの万引きのえんざいをかけられて、身のけっぱくをしょう明したのち、しん犯人をつかまえる一巻から読み返していました。
 三巻、四巻と読みすすめていったとき、五巻だけぬけていることに気が付きました。
 この前トイレに行ったときに忘れたのかと思って、トイレもさがしたのですが、ありません。タカザワくんもいっしょうけんめい探してくれましたが、けっきょく出てこないままタカザワくんは家に帰ってしまいました。いまもコサンは五巻だけぬけたままです。
 ぼくはそのことを、勇気をだして、お母さんとお父さんに伝えました。怒られるかと思ったら、なぐさめてくれたのでびっくりしました。もう一つびっくりしたのは、お母さんが「タカザワくんに貸した覚えはない?」と聞いてきたことです。
 もちろん貸していないので、貸してないと答えました。ぼくは心のなかでは、お母さんとお父さんはタカザワくんがぼくのボケモンとコサンを持っていってしまったんじゃないか、と思っている気がしていました。
 でも、そんなわけはないのです。
 なぜなら、タカザワくんはボケモンのにんち版をすでに持っているし、コサンを5巻だけ読んでも話がわからないからです。
 友だちをうたがうお母さんとお父さんがわるいと思いました。
 その次の週、タカザワくんが遊びにきた日にはまた、玄かんにかざってある作り物のお花がいっぽんなくなったのです。そんなもの持っていっても、タカザワくんにはなんの得もありません。やっぱりタカザワくんは持っていってないんだ、と確しんしました。
 それなのに、お母さんはその日の夕ごはんのときに、ぼくに言いました。
「タカザワくんに持っていってないか聞いてみて」
 どうしてタカザワくんばかりうたがうのか、わかりませんでした。持っていく理由がないのに。
 でも、聞いてみようと思いました。夕ごはんを食べおわったころに、お父さんがお母さんにこっそり"親に似てとうへきがあるのかも"と言っていたのが気になったからです。とうへき、がどんな言葉かわかりませんでしたが、多分、タカザワくんがぼくの物を持っていってしまう理由がそこにあるような気がしました。
 だから、次にタカザワくんが遊びにきたときに聞いてみたのです。
「ぼくのボケモンとコサンと玄かんのお花を持ってない?」と。
 タカザワくんはあかるく「持ってるよ」と答えました。
 ぼくは「なんで持っていったの?」と聞きました。
 タカザワくんはあかるく「ルパンのマネ」と答えました。
 ぼくは「どうして言わなかったの?」と聞きました。
 タカザワくんはあかるく「聞かれなかったから」と答えました。
 ぼくは「返してほしい」と言いました。
 タカザワくんは「いいよ」と言ってポケットからボケモンを出しました。ぼくのボケモンでした。コサンとお花はタカザワくんの家にあるから、いまは返せないそうでした。
 ぼくがはじめから聞けばこんなことにはならなかったので、ぼくがわるいと思いました。それにボケモンが戻ってきたので、またタカザワくんとつうしん対せんができるとうれしくなりました。
 ぼくはさっそく、ボケモンのソフトをゲーム機にさして、電げんをつけました。
 すると、おかしいのです。しゅじんこうの名前がタカザワくんの下の名前になっていて、物語もはじめからになっていたのです。
 ぼくは「データさいしょからにしたの?」と聞きました。
 タカザワくんはあかるく「そうだよ」と答えました。
 ぼくは「どうして?」と聞きました。
 タカザワくんはあかるく「さいしょからやりたかったから」と答えました。
 ぼくは「ぼくの物なのに」と言いました。
 タカザワくんは怒ったかんじで「俺が持って行った時点で俺のものになるんだよ。だから、データを変えるのも俺の自由じゃん。悔しいなら俺のボケモンも盗ればいいだろ」と言いました。
 よくわかりませんでした。よくわからないので、そういうものなのだと思うことにしました。
 タカザワくんは多分、持っていくのと壊すのはいっしょ、みたいなことを言いたかったんじゃないかと思います。
 タカザワくんは、悔しいなら俺のボケモンを盗ればいい、と言っていましたが、悔しい気持ちはあっても、ぼくにはタカザワくんのボケモンを持っていく気にも壊す気にもなれませんでした。だって、ぼくはボケモンをすでに持っているから。
 それに、どうせなら、タカザワくんが悔しいと思うものを持っていきたいと思ったのです。タカザワくんがやったのと同じように、ぼくがすでに持っていて、タカザワくんが大事に思ってそうなものを持っていきたい、壊したいと思ったのです。
 でも、タカザワくんが大事にしている物をぼくは知りません。ぼくはタカザワくんの好きなものも嫌いなものも、とうへきが何なのかも、何も知らなかったのです。
 そのあと、タカザワくんはあかるく家に帰りました。「次はコサンとお花を持ってきてね」と言ったら、タカザワくんは元気に「うん!」と返してきました。
 ぼくはタカザワくんの大事な物を見つけましました。
 けっきょく、そのあとタカザワくんが家に遊びにこれなくなってしまったので、コサンの5巻とお花はいまもないままです。
 でも、タカザワくんのおかげで発見したことがあります。
 じぶんにとって大事な物は、友だちにとっても大事な物だということです。
 ぼくはこれから、友だちが大事にしている物を、ぼくも同じように大事にしていきたいと思います。

 教室の張り詰めた空気が、作文の内容をよくわかっていない小学生たちの拍手で緩和された。神妙な顔をしているのは、クラスの担任の先生だけだ。
 小学3年生の作文のテーマは『発見したこと』。少年は自分の発見したことを披露し終えると、照れ臭そうに頭を掻きながら席に着く。
 拍手が鳴り止むと、先生は何か感想を言わないとと言葉を探すが、戦慄した脳がそれを止める。
 やっと捻り出せた言葉は、ただの事実確認だった。
「タカザワくん、っていうのは、先月転校した高澤くんのこと?」
「はい、そうです」
 少年は元気よく答えた。表情は清々しい。
 確かに、高澤くんは少年の言うように、今は別の小学校の生徒だ。
 先生は口を抑えた。言葉を抑えたわけではない。頭の中で、高澤くんの家が全焼し引っ越しを余儀なくされてしまったことと、少年の作文の内容が繋がってしまったことへの恐怖が、先生を挙動させたのだ。
 放火の疑いがかけられてる、とは聞いていた。しかし、高澤くんの親が訴えることはなかった。自分の盗癖が明るみに出ることを恐れたのでは、という噂だ。
 その様子には目もくれず、同級生たちは「今度コサンの映画やるって」とか、「ボケモン何育ててる?」とか、口々に騒いでいる。
 先生は一旦次の生徒の作文発表に回して落ち着こうとする。しかし、少年の質問がそれを遮った。

「先生が大事にしている物はなんですか」

 少年の目は澄んでいる。
 きっと私の大事にしている物を、同じように大事にしようとしてくれているのだろう。
 わかっている。でも、言葉に詰まる。

「家ですか?」

 無垢な言葉が禍々しく靄を帯びて、先生の脳内を蹂躙した。
 先生が消え入るような声で「そうね」と答えると、少年はにっこりと笑った。



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【罪状】職務専念義務違反

作文を聞いた先生が、職務を放棄しまともに受け答えしていないため。


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