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桜桃忌 事実との対面

2018年6月19日(火) 没70年

初めて、太宰治先生のお墓参りへ行きました。
今までもずっと行こうと想いつつ行かずに居たのは、恐かったからかもしれません。
何を恐れて居たのか行くまでは解りませんでした。
敬愛して止まない作家先生のお墓参りなのに
いいえ、だからこそ目を背けて居たのです。
奥様と御子様方を遺して愛人と心中。これは誉められたことでは無いのです。美談にされる方も居るやもしれませんが、それは盲信というものです。
先生の作品に出逢ったのは高校生の国語の教科書、富嶽百景。そこからのめり込みました。
作品だけでは止まらず、先生の生涯にも視点は行き、生まれから心中までを調べました。
何故そんなにも惹きつけられるのか、自分に似ているからです。
これは、太宰先生ファンの方ならきっと辿り着く答えの中で大半を占めるのではないでしょうか?
甘ったれで、ボンボン、女癖、アル中に薬中に、中二病。
構ってちゃんの代表。自殺願望。死への憧れ。
二丁目の夜にスーツを着てシャンパンコールが似合うようなダメ男です。
しかし、彼には聡明な頭脳と文才があった。
女を惹きつけたのは、その危うさと育ちの品の良さ。守ってあげなくては。私しか彼を支えて上げれない。
そうやって女達は蜜に吸い寄せられた。これは、桜桃忌でガイドをして頂いた方から聞いた人物像。想像していた事と大差なかったです。
旧家屋跡から入水場所、千草(間借りしてた仕事部屋)、山崎富栄の住んでた跡地。最後に文学サロン。
道々、生前の先生の姿を詳しくお聞きして、先生が散歩していた道を歩き、住んでいた場所を見て、入水場所を見て
何よりも、生の原稿を先生の文字を初めて見て、胸が詰まるほどの衝撃
私の中で初めて架空の人ではなく、生臭い人間の先生を認識しました。
確かに、ここで呼吸をして物を食べ歩き悩み百日紅を眺めた先生がくっきりと認識できたのです。それは、同時に先生の死を現実として受け入れる事。
美しいだけではない、生き物としての先生を感じる事。
あぁ私はこれが恐かったのだ。
生前の先生を知る方々は殆どいらっしゃらないですが、三鷹の住民の間では評判は良くなかったようです。
風化した今だからこそ少しづつ真実が口を開き始めている。

ガイドさんに勧められ『恋の蛍』という富栄さん側から見た二人の関係を描いた作品を読み始めました。
多量の資料を基にできるだけ事実に近い形で書かれているそうです。
当時は、酷い扱いを受けた富栄さん。時が過ぎやっと真実が公表できるようになり発行されたそうです。
まだ、読み途中ですが

あまりにも、私に似ている。

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