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“出来る”が維持できれば、「人口減少自体は問題ではない」――中山間地域フォーラム・設立17周年記念シンポジウム

 中山間地域の再生をめざしている特定非営利活動法人「中山間地域フォーラム」は2023年7月8日、都内の東京大学で「ポストコロナ期の集落の未来~ローカルコモンズの役割は何か」をテーマに設立17周年記念シンポジウムを開催した。3年に及ぶコロナ渦によって中山間地域の高齢化、人口減少が一段と進む中、どのように集落の未来を展望していけばいいのか――集落のあり方と人口減少を中心に多角的な意見が交わされた。

■縮退局面の中山間地域集落の未来をどう展望するのか

「解題・シンポジウムのねらいと流れ」を説明する図司直也・法政大学教授。

 同フォーラム(会長=生源寺眞一・東京大学名誉教授)はさまざまな分野の専門家や実務家で構成する産・学・民・官のゆるやかなネットワーク。今回の設立17周年記念シンポジウムは2019年以来のリアル開催で約150人が参加した。

 シンポジウムではまず、図司(ずし)直也・法政大学教授が「解題・シンポジウムのねらいと流れ」を説明した。図司氏は、コロナ渦によって集落の高齢化、人口減少の局面が一段と進み、「人がいなくなった」と指摘。ポストコロナ局面の兆しが見え始めた今年春先には、各地で集落活動再開の判断に思い悩む区長の姿があったという。

 また、食料・農業・農村基本法見直しの中間とりまとめ(2023年5月末)について、「気になるところ」として「農村に関する基本的施策」の「多様な人材の活用による農村の機能の確保」や「中山間地域における農業の継続」を挙げ、現場へのプッシュ型支援の必要性が高まっていることなどを指摘。本シンポのねらいとして「縮退局面の中山間地域集落の未来をどう展望するのか」と述べた。

■日本の農業は、上層と基層の二階建て

「中山間地域の現代的価値を考える:ローカルな知恵に学びながら」と題して特別講演を行う生源寺眞一会長(東京大学名誉教授)。


 最初に、生源寺会長が「中山間地域の現代的価値を考える:ローカルな知恵に学びながら」と題して特別講演を行った。

 生源寺氏は、自身のこれまでの調査研究活動を振り返った後、ローカルコモンズの意義と中山間地域の価値の再評価に言及。日本の農業、特に水田農業は、「市場経済との絶えざる交渉のもとに置かれたビジネスの上層」「地域の農業インフラを支えるコミュニティの共同活動のもとで機能してきた基層」の二階建てだ、と説明した。

 基層の共同行動の典型として、農業用水路の維持管理活動や公平な用水配分のためのルールの発動、農道や公民館の維持管理などを挙げ、これら共助・共存の仕組みには、「多くの都会で失われた日本の文化的資産としての側面もある」と話した。

 農場と非農家住民のアクセス対象が概して分離しているアメリカ中西部や豪州と異なり、日本とヨーロッパの国々には農村の存立構造という点で共通項があると指摘。自然の産業的利用の空間、非農家住民を含んだコミュニティを支える居住環境としての空間、さらには外部からもアクセス可能で人々がエンジョイできる自然空間が重なり合う構造となっていると説明した。

 さらに農業の多面的機能について、農水省は1998年時点で6兆9000億円の価値があるとの試算を公表したが、文化の伝承など経済的価値の計算には不向きなものもあるうえ、「そもそも金銭に換算しなければ価値が分からないとすれば、それは情けない話」と批判、「具体的な歴史との出会いや地域ならではの個性への共感こそが大切」と訴えた。

■「自治の空白」をどう埋めるのか

「地域づくり~集落自治の枠組みを問い直す」をテーマに研究報告を行う田口太郎・徳島大学准教授。

 次に、田口太郎・徳島大学准教授が「地域づくり~集落自治の枠組みを問い直す」をテーマに研究報告。田口氏は、「人口減少」問題の「人口」は、目的に応じて考える必要がある、と指摘。地域においては、人口減少自体が問題なのではなく、人口減少によって集落維持の活動が出来なくなることが問題であり、「人口減少しても“出来る”が維持できれば、人口減少自体は問題ではない」と強調した。

 地域を維持するのに必要な自治活動は行政と住民による活動で支えられてきたが、現在は「自治の空白」が生じつつあり、その空白をどう埋めるのかが課題となっている。田口氏は、「自治の空白」は各方面から埋めていく必要があり、行政はセーフティネットを確保し、新たな担い手の獲得、ICT技術活用による効率化などを方策として示した。

 新たな担い手としては、「地域と協働してくれる移住者」「地域に貢献してくれる企業」「地域を高めてくれる『関係人口』」の獲得を例示するとともに、「単純に外部人材を呼べばよいというものではない。地域の自治力向上に寄与する外部主体が必要」と指摘。キーワードとして「信託」を挙げ、「今一度『信託』を大切にし、地域が信託できる仲間との協働を考える必要がある」と話した。

■「良いこともそうでないこともちゃんと伝えたい」

「『集落の教科書』づくり」について現場報告を行うNPO法人テダス(京都府南丹市の中間支援団体)の田畑昇悟氏。

 続いて3氏による現場報告。最初に登壇したNPO法人テダス(京都府南丹市の中間支援団体)の田畑昇悟氏は「『集落の教科書』づくり」について話した。

「集落の教科書」とは、村のルールや慣習、生活、魅力などを記した集落で暮らすためのガイドブック。農地の取得・管理、獣害、移住後のあいさつ、共同作業、村の行事、ごみ出しの仕方、葬式の習慣、雪かき、郷土料理、方言や略語など収録数は200項目以上に及ぶ。集落に関わるために、「必要なこと、必要そうなことをなんでも、かんでも、できるだけ掲載」しているという。そのコンセプトは「良いこともそうでないこともちゃんと伝えたい」

「集落の教科書」をつくる過程で、集落の規範を棚卸しし、可視化・共有化される。そのことで移住希望者や外部支援者などは「関わりやすくなる」、既存住民は規範を「見直しやすくなる」という効果がある。教科書をもらった人の声には「移住前の不安感が減った」「移住先を絞り込んでいく際の一押しになった」などがあるという。

 実際に南丹市の集落では、区費額や高齢者宅の雪かきを手伝う仕組み、除草剤使用に関する取り決め、世帯1票制(一人1票制に)などが見直しされた。田畑氏は、「集落の教科書」により、▽現状の可視化▽話し合いの機会づくり▽ほかの集落を知る機会づくり――が促進されると指摘した。

■環境保全型農業で遊休農地を解消へ

「環境保全型農業を推進し、遊休農地を解消しよう」と題して現場報告を行う長野県松川町産業観光課の宮島公香氏。

 長野県松川町産業観光課の宮島公香氏は「環境保全型農業を推進し、遊休農地を解消しよう」と題して現場報告を行った。

 松川町は、県南部の下伊那郡の最北に位置する。遊休農地対策として松川町では人・農地プランの実質化を検討。モデル地区では有機栽培や学校給食への提供、新規就農者の受け入れ、支援、農産物のブランド化などの取組みが進んだ。

 2020年からは町として環境保全型農業を推進。各種講演会や有機栽培研修会、学校給食への食材提供を行い、同年12月には松川町ゆうきの里を育てよう連絡協議会が発足した。給食での「ゆうき食材」利用率(野菜4品目と米)は年々増え、2022年は25.97%に。町では2023年5月、「町民の皆さんと一緒に環境保全型農業への取り組みをすすめます」とするオーガニックビレッジ宣言を行った。

 宮島氏は、集落での話し合いの重要性を指摘。「みんなで考え、アイデアを出し合って何かを決めていくということがとても大切」と話した。

■「山中[三柱]八策」で中山間対策を抜本強化

「高知県における『小さな集落活性化事業』」をテーマに現場報告を行う高知県中山間地域対策課長の安藤優氏。

 3番目は「高知県における『小さな集落活性化事業』」をテーマに、高知県中山間地域対策課長の安藤優氏が現場報告。高知県は県面積の93.2%が中山間地域で、県内34市町村のすべてが中山間地域を含んでいる。 

 県では2021年度に10年ぶりの「集落実態調査」を実施。その結果、集落内世帯数が19世帯以下の集落が増加(2010年651→2020年745)しており、集落の小規模化が進行していることが分かった。また、小規模な集落ほど高齢化率が高い傾向にあり、特に19世帯以下の集落では高齢化率50%以上の集落が7割を超えていた。 県では、3つの柱と8つの施策「山中[三柱]八策」で中山間対策を抜本強化している。

柱1「くらし」を支える(暮らし続けられる環境づくり)
①生活環境づくり
②安全・安心の確保

柱2「活力」を生む(地域を支える活力の創出)
③集落活動センターの推進
④小さな集落の活性化
⑤中山間の人づくり
⑥デジタル技術の活用

柱3「しごと」を生み出す(所得向上と雇用創出)
⑦基幹産業の振興
⑧新たな生業、仕事づくり

 このうち2012年度から始めている集落活動センターの取り組みに、2022年度から始めた小さな集落活性化の取り組みを加えることで、「住民の力や地域の資源などの潜在力を引き出し、地域に新たな動きや活力を創出」「集落活動センターのさらなる推進と単独の集落を活性化する取り組みによって、県全体で活性化を目指す」との方向性を示した。

■地域の内発力とプロセスを重視すべき

「ポストコロナ期における集落の未来を語る」をテーマに行われたパネルディスカッション。
閉会挨拶で、「地域の内発力を活かす」ことの重要性などを訴える中山間地域フォーラム副会長の小田切徳美・明治大学教授。


 その後は、現場報告を行った登壇者らをパネリストに「ポストコロナ期における集落の未来を語る」をテーマにパネルディスカッションが行われた(進行は東京大学の西原是良氏)。

 集落での話し合いに補助金等が出ることに対して田畑氏は「悪いクセがつく。地域の中からお金を出す覚悟が必要」と指摘。また集落支援員や信託関係の重要性などが語られた。

 最後に中山間地域フォーラム副会長の小田切徳美・明治大学教授が閉会挨拶。小田切氏は、食料・農業・農村基本法見直しの中間とりまとめに「平時からの国民一人一人の食料安全保障の確立」と書かれていることに「強い違和感を覚える」と批判。危機感を打ち出して政策を変えていく手法は10年前から始まった地方創生政策を想起させるという。

 小田切氏は、危機感をあおるのではなく、①地域の内発力を活かす②時間軸を意識してプロセスを重視する考え方――の重要性を話し、シンポジウムを締めくくった。
(文・写真/上席研究員・千葉茂明)

〇日本生産性本部・地方議会改革プロジェクト
https://www.jpc-net.jp/consulting/mc/pi/local-government/parliament.html

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