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椿の花が咲いていた。完結篇(短編小説)

*こちらは前回投稿しました作品の続編ですが、これだけでもギリ成り立ちます。



「どうかされたんですか?」

俺は思わず声を掛けた。
何も考えもなしに身体が勝手に動き出し、口が滑った。
喧騒の中、俺とその花だけが透明な何かに包まれているようで静かに思える。

「え? あ、あの」

その椿の花は、振り向いてもやはり不安げにこちらを見上げていた。
一縷の望みもかけていなかったといえば嘘になるが、椿の花を纏った女性は、4年以上も付き添った彼女のツバキではなかった。
多少の落胆を感じた自分がいたことには驚きもしない。

「いや、何か困っているように見えたんで」
「あ、はい。友達とはぐれちゃいまして」

この非日常的な場に自分だけが独りぼっちに思えて不安だったのだろうか、それとも祭りの雰囲気がそうするのだろうか。
見ず知らずの俺に声を掛けられたというのに、この子の警戒心は薄いように思えた。

「そうなんですね。よかったら一緒に探しましょうか? 自分、ここ地元なんで」
「本当ですか?! ありがとうございます。私ここ初めてで、」

ただの広い河川敷に土地勘とかは正直言って関係ないのだが、俺はこの子に協力したかった。

「お友達も一人なんですか?」
「いや、その子の他に二人」
「了解です。連絡は取れてるんですか?」
「それが、電波弱いみたいで全然」

こんな片田舎にこれだけの人が集まっていれば、そりゃあ携帯会社の電波も対応しきれないなと納得した。

「それは厳しいですね。集合場所とか決めてないんですか?」

その子はかぶりを振ったが、数秒経ってから、あっ。と声をあげた。

「秘密の場所があるって。そこで花火見ようって、友達言ってました」

それを聞いたとき、俺の胸の奥の奥にある何かがキュウっと小さくなった。

"秘密の場所"といえば、俺が毎年ツバキと一緒に花火を見上げていたあそこしか思い浮かばない。

しかし俺はこの子のその友達とやらを詮索するまでの勇気がなかった。

「自分、そこ知ってるかもしれません。その秘密の場所。たぶん地元民だけ知ってる、絶景スポットですよ」

思わず嘘をついた。
その子の言う"秘密の場所"が、俺とツバキだけの"秘密の場所"だという確証はなかったことと、自分たちだけが知っているという秘密の共有みたいな特別なものをそのままにしておきたいという気持ちからだ。

「そこが合ってるかわかりませんけど、案内しますよ」
「うわーよかった! ありがとうございます!」

その子といくつか雑談をしながらその場所を目指して歩いた。
そんな中でもその子と待ち合わせているという友達についての情報はできるだけ避けた。
それでもどうしても分かってしまったことは、その友達は地元の子だということだ。

その友達の分だというカキ氷をその子は俺に手渡してきた。

「もう溶けちゃうからあげます! 一緒に食べながら行きましょ」

たしかにそれはすでに溶けかけていて、秘密の場所に着く頃にはただのピンクの液体になってしまうので、俺はそれを素直に受け取った。

会話の中、同い年だということに気づいた俺たちは、カキ氷とともに少しづつ口調も砕けていって、いつのまにか敬語もなくなっていた。

そして俺は少しだけ恋人同士のような気分にもなっていた。

「キレイやな、椿の花。綺麗で、めっちゃ似合ってる」

人混みが徐々に消えてきたあたりで、俺はそう呟いた。
あの時照れ臭くて言えなかった台詞を、今。
えっ? その子は上手く聞き取れなかったみたいだ。

「いや、なんでもないよ」
「ウソだー。今絶対なんか言ったでしょ?」
「ホントになんでもないって」

この子のいう"秘密の場所"が俺たちが今向かっているそこじゃなかったとき、そのままこの子と一緒に花火をそこで観よう。

*****

「いーたっ!」

慣れない浴衣と下駄なので小股でチョコチョコと俺の元を離れていく椿の花は、先程までの不安げな小さなものではなく、ヒラヒラと揺れていて楽しげに見える。

その子は一人の女性に飛びついた。
きゃあきゃあと再会を喜び合ったり、互いを叱り合ったりしている。

その場所で待っていたその子の友達という女性は、俺の方に目を向けた。

少し大人びていてあどけなさは失われていたが、それは間違えようもない。
ツバキだ。

この場所まで案内したその子にとってもツバキとの再会だが、それは俺にとってもそうだった。
しかも、俺にとっては3年ぶりの再会。

ツバキは俺を見て、一瞬だけ驚いた表情を見せたものの、すぐに調子を取り戻した様子で、笑顔で俺に近寄ってくる。

それが俺には苦しかった。
俺とツバキは笑顔で再会できるような関係性なことが辛い。
色褪せることのない、3年以上前の俺たちの時間を思い起こして、彼女も胸が苦しくなっていてほしい。

そんな余裕な笑顔、見せないでくれ。

ツバキが何か話そうと口を開きかけたとき、彼女の背中の向こうからの声にそれは遮られた。

「どーしたー? もうそろそろ花火始まるぞー」

男の声だった。
声の方を見ると男知らないが二人、草むらに座り込んで花火が打ち上がる方向に身体を向かせながら、こちらを覗いていた。

ツバキとは言葉を交わすことなく、俺は元来た道を引き返す。
背中の方から、ありがとうねー! と道案内したその子の声がしたが、振り返らなかった。

花火が打ち上がった。

苦しかった。俺とツバキだけの秘密の場所では今、2組のカップルが花火を見上げている。

夜空に咲く大輪の花にも背を向けて、ドドンと轟く音も俺の鼓動にかき消されている。

「もしもし」
「あれ、どうしたの? 今地元帰ってるんじゃなかったっけ?」
「うん、そう。明日、朝イチで帰るわ」
「……わかった。駅、迎えに行くね。時間わかったら教えて」

たったこれだけの会話で、俺が今どんな気持ちでいるのか彼女は察してくれた。
何も詮索もせず、東京に帰ればすぐに俺を抱きしめてくれるだろう。

彼女と付き合ってもうすぐ6年になる。だからだろうな、電話越しだというのに多くを語らずとも、彼女は俺を理解してくれる。

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