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自分の人生を照らし合わせる無二の友人 〜クラウドファンディングに寄せて

最後に会ったのは、いつだったかーー
iPhoneに残っている写真をさかのぼってみると、2016年8月だった。

鹿児島県・屋久島に暮らす彼は、ンビラ(ムビラ)奏者という顔を持つ。

ンビラとは、アフリカ・ジンバブエに住むショナ族が、祭礼や儀式において先祖の霊や精霊に祈り、神へ感謝と守護の祈願を届けるために弾かれてきた、神聖な民族楽器。

そんな彼が東京・国立でンビラのライヴを行なうということで、娘を連れて演奏を見に行ったのが、2016年8月だった。

ーーあれから8年近くが経った、数日前。
彼からクラウドファンディングの案内が届いた。

記憶が正しければ。
8年の間に、彼とは一度も連絡を取り合っていない。
さらに記憶を呼び戻すと。
国立での再会も、おそらく十数年ぶりだったように思う。

彼の名は、濱田 森。
「森」と書いて、タカシと読む。

森くんと出会ったのは、いまから30年ほど前。
出会った先は、南米のチリ。ビーニャ・デル・マルにある、日本人宿「汐見荘」だったと記憶する。

バックパッカーという旅のスタイルで、お互いが南米を放浪していた、その途中で、ぼくたちは出会った。同い年、21歳という若さだった。

バックパッカーを初〜中〜上級者に分けるのは、どうかと思うのだけれど。

当時の日本人バックパッカーは、まずヨーロッパやアジアを廻り、その後に中東やアフリカ、最後に中南米を旅するという、暗黙の傾向があった。つまりは、中南米を旅することは、それ相応の経験と覚悟、ときに危険が伴う、という意味を指す。

南米を旅する日本人バックパッカーの年齢は、旅の経験を十分に積んだ30〜40代が中心だった。ハタチそこそこのぼくらは、まわりの日本人バックパッカーと比べると、あきらかに若かった。

そんな、年齢のこともあったのかもしれない。口にするわけではなかったけれど、互いに惹かれるものがあり、自然と意気投合した。

チリから海岸沿いを南下、パタゴニアを経由して、世界最南端の町、アルゼンチン・ウシュアイアまで。その先のルートが一緒だったので、それから数週間、森くんと行動を共にすることになった。

行動を共にしていた、その数週間。
森くんと、どのような会話をしていたのか。30年も前のことなので、はっきりと覚えてはいないけれど。パタゴニアをはじめとした圧巻の景観と相まって。彼と過ごした日々は、飾ることのない、ありのままの自分を出せる、どこまでも心地よい時間だったと、淡い記憶として残っている。

数週間を共にした後。別れを告げ、再びそれぞれの旅を続け、それから数カ月後に、ぼくは帰国した。ニューヨークを出発し、北米〜中米〜南米を陸路で旅する、1年におよぶ長期の旅からの帰国だった。

この旅で、ぼくは森くん以外にも、数多くの日本人バックパッカーと出会った。少なくとも100人以上と連絡先を交換し合ったのではないか。「日本に戻ったら会いたいですね」と言って別れ、帰国後に日本で再会した人も、相応にいる。ただ、待ち受ける各々の「日常」がそうさせるのだろうか。連絡を取り合うにしろ、実際に再会するにしろ。帰国後、一度くらいは「旅先で共に過ごした昔話」に花を咲かせることはあっても、その関係性が日本の生活の中で継続することは、基本的に無い。その後、どちらからともなく連絡を取り合わなくなり、結局のところ音信不通になる。これは、同じようにバックパッカーとして旅した経験がある人なら、きっと頷いてくれると思う。旅先での出会いとは、「非日常」が創り出す演出があるからこそ美化されるものであって、「日常」に戻ると自然淘汰的に掻き消されてしまうモノなのかもしれない。

でも、森くんだけは、違った。

拠点を屋久島に移してから、実際に会うのは国立でのライヴが唯一の機会だったけれど。それまでは、数年に一度の頻度で、たびたび会っていた。

決して饒舌ではなく、どちらかといえば口数の少ない、寡黙なタイプでありながら。心に熱い魂と確固たる信念を秘めて、どんなときも誠実に、我が道を愚直に進んで行く森くんの姿をーーぼくは、いつも羨望の眼差しで見ていた。

もしかすると、冒険家になりたかったぼくは、森くんの生き方を、羨み、ときに妬んでいたのかもしれない。自分にはできなかった人生を、彼は、その延長線上を実際に歩んでいる、と。無論、それまでの彼の歩みには、紆余曲折、さまざまなことがあったことは、少なからず知っている。それでも森くんを嫉妬する自分がいる。

たしかに、8年近くの間、一度も連絡を取り合っていなかった。けれどーー

チリで出会ってから30年。森くんのことは、いつも頭の片隅に在り続けてきたように思う。彼の動向や生き方を、ずっと気にしながら、ぼくは生きてきたのだと、いま思う。

自分の人生を照らし合わせる唯一の友人。
同い年の森くんは、ぼくにとって無二の存在なのだ。

そんな森くんから、クラウドファンディングの案内が届いた。

古のンビラの叡智を知る、最後の伝承者かもしれない Rinos Mukuwriruwa Simboti(リノス ムクリルワ シンボッティ)から、ンビラを習うためにジンバブエに行きたい。

For Good

森くんが、どういう想いで、このプロジェクトを立ち上げたのか。
なぜ、このプロジェクトを実行したいのか。

応援メッセージには、森くんの人となりを表した、こんな素敵な言葉が載っている。

応援したいのは、彼の誠実な、その人柄から。
彼を知る人、関わったことのある人たちなら、世界に対して出来るだけ誠実であろうと努めているのかを感じたことがあると思います。
その懸命さに触れていると、彼の判断や行動が正しいのか間違っているのかということが、二の次になっていくように感じられる。

For Good

興味のある方は、ぜひクラウドファンディングのサイトをチェックしてみてください。

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