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【店づくり相談室 vol.13】「むかしむかし」から受け継がれてきた精神性


「むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました」
おそらく誰もが聞き覚えのあるフレーズです。子供のころに親から聞かされた昔話の枕詞です。でも、親が子供に語り聞かせるのに、どうして主役が老人なのでしょうか。

西洋の昔話と比較するとその傾向は顕著です。西洋の昔話では、多くの場合、子供が主人公です。幼い子供が冒険して宝物を発見する。結婚して幸せになる。自立や冒険、発見が大きな世界観で描かれています。明らかに立身出世の展開が多い傾向にあります。一方、日本の昔話はおじいさんとおばあさんが登場し、ハッピーエンドも少ないように感じます。物語の最初と最後に大きな変化が感じられない話も少なくありません。


・日本人の心性と西洋的思想

その分りやすい例が、浦島太郎です。そのあらすじは確かこうなっています。
『浦島太郎という漁師が年老いた両親と暮らしていた。ある日、浜辺で子供たちが一匹の子ガメを棒で突き、いじめているのを見て、助けて海に逃がしてやった。数年後、浦島太郎が海で釣りをしていると、大きなカメが現れ、昔助けてくれたお礼にと海の中の竜宮城に連れていかれた。

竜宮城では、美しい乙姫さまに歓迎され、魚たちの舞い踊りや、素晴らしいご馳走でもてなされ、楽しい日々を過ごした。しかし、何日か経つと、浦島太郎は村に残してきた両親のことが気になって村に帰ることを決めた。村に帰る日に乙姫さまから、「村に帰って、困ったことがあったら、この箱を開けなさい」と言って玉手箱をお土産にいただいた。

浦島太郎が村に帰ってみると、自分の家どころか村の様子がすっかり変わっていて、見知らぬ人ばかりになっていた。浦島太郎が竜宮城で楽しい日々を過ごしているうちに、何十年も経っていたのだった。困った浦島太郎が、乙姫さまからもらった玉手箱を開けると、中から白い煙が出てきて、たちまち白いひげのお爺さんになってしまった。』

というものです。竜の宮殿と聞くと、西洋の人たちの多くは『ドラゴンが出てくるな』と考えるそうです。ところが、竜宮城にいたのは乙姫さまです。『じゃあ、ここから、ドラゴンが出てきて、浦島太郎が今度は乙姫さまを助けるんだろうな』と思って読み進めても一向にドラゴンは出てこない。「太郎は、踊りを楽しみながら飲み食いして過ごす。竜宮城を後にして、お土産にもらった玉手箱を開けたら、白い煙が出てきて太郎はお爺さんになってしまいました。おしまい。」西洋の文化で育った人たちには、徹頭徹尾意味不明なストーリーでしょう。

この昔話の教訓についての議論はさておき、物語は主人公が老人になったところで終結します。つまり、成長や進化ではなく、ゼロに戻っているのです。日本の昔話は、「ゼロから始まりゼロに終わる」というものが非常に多いのが特徴です。ここから見えてくるのは「ゼロに戻ることが良しとされてきた」日本人の心性です。ゼロに戻ることに日本人は価値を見出していたことが窺えます。「出る杭は打たれる」という諺もあります。
これは裏を返せば、「プラスに行き過ぎると不安になってしまう」ことの現れなのかもしれません。

一方で、十五少年漂流記や海底2万マイルなどの欧米の童話は、少年少女が主人公で、大きな世界観で成長や冒険がテーマとして描かれています。つまり、ゼロがイチになるものが多いのです。「上昇するほど幸福になれる」と信じられてきた西洋的思想と「ゼロに戻ることが良しとされてきた」日本の心性とは明らかに対象的です。この背景には、日本では、生命や魂は輪廻するという儒教の教えを酌んでおり、欧米は天に召されるというキリスト教の死生観を土台としているからと推察されます。

・「口」と「奥」を重んじてきた日本文化

また、日本では、「口」と「奥」を大事にしてきた歴史があります。「口」は入口の口で、物事の入り口や出発点を指します。「奥」は、入口から入った先にある大事なものを隠しておく場です。
奥の間、奥の手、奥の院、大奥という言葉のニュアンスからも窺えるように「奥」には価値のあるモノが潜んでいます。けれどもそこには簡単には到達できないようになっています。
表のすぐ裏にある「裏」ではなく、「口」から入って曲がりくねった先にあるはずの「奥」というのがポイントです。松尾芭蕉の「奥の細道」もまさに「奥」です。
著名の由来は諸説ありますが、「細い道を分け入って、何が待ち受けているかわからないから進む」という意だとする説もあります。

神社には、入口に必ず鳥居があります。英語で言うとゲートです。でも、どこがゲートなのかわかりません。
何も囲われていないのですから外国の方からすると意味不明です。この鳥居を「くぐって」神社の「奥」に入ります。茶室にもその形が見られるように、日本人はこの「くぐる」という動作が好きなのです。「くぐって」「奥」に入る。
この鳥居は、神社の内側にある神聖な場所と人々が暮らす外側の場所の境界を表すもので結界の意味を持っています。神社に向かう時、「入口」の鳥居を「くぐる」時に少し空気が張り詰め、緊張し身が引き締まる思いがします。そしてくねくねと曲がった参道を歩いて「奥」に向かい、境内に入ると視界がパッと広がります。これも「入口」と「奥」の関係です。緊張と弛緩。集中力を高めるためにも大事な役割を持っています。

・奥を好む日本人の精神性

この「口」と「奥」という思想もまた日本で受け継がれてきた精神性です。例えば、都市設計に置き換えてみるとわかりやすいでしょう。日本人は古来「奥」がない空間を嫌いました。古都と呼ばれる京都が碁盤の目のように設計された都市であるため誤解されやすいのですが、あの形は8世紀当時に中国の都・長安をモデルに整備されたものだそうです。

ところが、国土が広大な大陸とは異なり、コンパクトな日本においては、全てが一度に見渡せる都市設計は好まれませんでした。
次に碁盤の目状の都市がつくられたのが、およそ1,000年後。明治の北海道だった事実がそれを証明しています。

・意図的にハプニングを生み出す


碁盤の目状の都市が機能的であることは間違いありません。それなのに、平安京に続く碁盤の目状の都市は東京にも大阪にも、1,000年の間ずっと現れませんでした。
この事実は、「奥」を好む日本人の精神性と無関係ではありません。その極地ともいえるのが東京・新宿の歌舞伎町です。
大空襲で焼け野原となった新宿は、戦後の区画整理によって、T字路を意図的に多用した迷宮のような街並みへと生まれ変わりました。
その目的は、街に来た人々を奥へ奥へと誘い込むためです。碁盤の目状の道であれば、先が見通しやすいのですが、T字路であれば、曲がった先に何があるのか、誰がいるのかが曲がってみるまで分かりません。

だからこそ、発見の喜びが生まれます。歌舞伎町という街は、ハプニングを意図的に組み込んでいるのです。

・全部を見せない


ハプニングを生み出すことを店づくりで捉えてみます。
面積が広い店は、どこに何があるかをわかりやすく伝えることが優先されます。モノを探すのに、歩き回るのは大変だからです。
そこで碁盤の目のようなレイアウトと大きなサインが重要になります。一方で、ヒューマンスケールの店は、一度にすべてを見通すことができると魅力を感じにくくなります。

敢えて、視界を遮ることで、その「奥の空間」への期待を抱かせる空間づくりが有効です。導線づくりも、真っ直ぐな歩きやすい通路やグリッド状の什器レイアウトよりも、緩やかな弧を描くような曲線的な通路や、敢えて何かにぶつかるような什器レイアウトなど、なるべく多くの世界観を体験してもらい、ハプニングを生み出すための工夫を設計にも取り入れています。
さまざまな文化が混在しダイバーシティが重んじられる時代には、かつての店づくりのセオリーは通用しません。

店づくり相談室は、昔話からも日本人の精神性を問い、感性と科学で時代に則った店づくりのヒントを提供します。


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