【読書】スピノザの診察室 夏川草介
「神様のカルテ」の著者、夏川草介氏の新作「スピノザの診察室」を読んだ。信州大学卒で、長野県の地域医療に従事している夏川氏のサイン本を平安堂あづみ野店で手に入れることができたので、読むのが楽しみだった。
また、私自身も京都で大学生活を過ごしていたので、今回の作品の舞台である京都の街並みが文章を読むたびに浮かび上がってきて懐かしい思いにさせてもらった。これを読むと京都のお菓子が食べたくなりますよ。
では、読後の感想を書いていく。
以下、ネタバレありの感想になっているので、読む場合はご注意を。
あらすじ
主人公の雄町哲郎は京都の町中の地域病院で働く内科医で、年齢は38歳。かつては、大学病院で数多くの難手術を成功させていたが、最愛の妹が亡くなったため、その息子龍之介と暮らすために、大学病院を辞めて地域病院で働くことになる。
哲郎の意思としての力量に惚れ込んでいた大学准教授の花垣は、愛弟子の南を研修として哲郎のもとに送り込むが…。
スピノザの考え
本書のタイトルにあるスピノザとは、17世紀に登場したオランダの哲学者である。主人公、雄町哲郎は甥の龍之介にスピノザの考えについてこのように語っている。
「人間は無力な生き物で大きな世界の流れを変えることはできない。けれど、”だからこそ”努力が必要だ」と、哲郎はスピノザの考えを紹介する。哲郎は、これを希望に溢れた論理展開だと感じている。哲郎の考える医療の根底に、スピノザの哲学があることを示す大切なシーンが本書にはいくつかある。
例えば、第2章で、哲郎が担当の患者を看取った後の帰り道、南に対してこのように語っている。
患者の命が終わろうとする大きな流れを医者は変えることはできない。けれど、その人が幸せに過ごすために努力するはできる。哲郎の考えはスピノザの哲学そのものだ。
また、南になぜこのような考えをするようになったのか問われたときに、哲郎は死ぬ間際まで笑顔で楽しい時間を過ごそうとした女性の存在、哲郎の妹について語る。命が尽きることが決まっていたとしても、幸せに過ごそうとした妹の姿が哲郎にスピノザの哲学を宿らせたのかもしれない。
また、最終章でも哲郎は南に次のように語る。
大学病院から地域病院へと移り、多くの命について向き合ってきた哲郎が考える幸せの形。世界の大きな流れを変えることはできないけれど、手を取り合っていくことで景色が変わる。誰かを勇気づけることができる。それがスピノザの云う人間の努力のことだと言えるだろう。
人の幸せとは?
私は本作を読んで、日常がゆっくりと流れていく小説だなと感じた。手術によって、人が助けられることもあるけれど、自分が担当した患者は亡くなっていく。そして、それを看取る人たちは、その死に向き合いながらも受け止めていく。そこには、よくある医療小説の、「人の命を救うこと=幸せ」といったドラマティックな作りにはなっていない。けれど、だからこそ、人の幸せとは何だろうということを考えることができる。
人はいずれ老いて、亡くなっていく。その流れに逆らうことは誰もできない。けれど、だからこそ、人は努力をする必要がある。幸せになるためにできることがある。そんな優しい勇気をくれる作品だった。
では、あなたはどうするか?
その一歩を踏み出すことが大切だ。
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