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熊本は“公害経済”を望むのか? TSMCが熊本の美しい自然を破壊する

台湾の世界的な半導体メーカー「TSMC」が、日本で初めての工場建設を熊本県菊陽町で進めている。これを受けてメディアは一斉に経済効果をうたい、不自然なほど良い面ばかり報道している。

 しかし、半導体工場、特に半導体の前工程を製造する半導体工場TSMCの環境へのインパクトは、計り知れないほど大きくなる可能性があることに私たちは気付いているだろうか。

膨大なCO2の排出
半導体の製造と環境問題は、表裏一体の関係にあることは専門家の間では周知の事実である。工場は膨大なエネルギーと水資源を消費する。
TSMCの劉徳音(Mark Liu)会長は2021年の声明で「TSMCは気候変動が環境や人類に深刻な影響を及ぼすと深く認識している。世界をリードする半導体メーカーとして、TSMCは企業の責任を負い、気候変動の課題に直面しなければならない」と述べ、CO2排出削減につながる措置を講じ、再生可能エネルギーの利用を積極的に進めていくとした。しかし、これは果たして実現するのだろうか。

半導体製造は、想像を遥かに超える量の電力を使用する。台湾のTSMC工場はの電力使用量は、2022年時点で台湾の総電力需要の6%を占め、2025年には12.5%にまで増加すると予測されている。カーボンニュートラルが叫ばれる昨今に電力需給の問題はどう解決していくのだろうか。ハーバード大学の研究者であるUdit Gupta氏と共著者は2020年の論文で、「テクノロジー産業において半導体の製造が二酸化炭素排出の主な原因である」と述べている。

再生可能エネルギーなら環境に優しいの誤解

TSMCは、未だ火力発電に大きく依存しているが、2050年までに100%再生可能エネルギーを達成するために、国際的な再生可能エネルギーイニシアチブRE100に参加することも発表した。これは良いことのように感じるかもしれないが、TSMCの100%グリーン電力のニーズを満たすために、どれだけの再生可能エネルギーが必要なのかと、考えるだけでも恐ろしい事態が想像できる。
再生可能エネルギーは環境に良いというイメージを持たれているが、大規模に設置すれば自然や生態系を大きく破壊し、環境を重大に汚染する。

洋上風力発電を有明海に設置する場合、建設時や運用時の漁場の変化・消失や、漁場へのアクセスの喪失、海中騒音による海洋生物への悪影響、潮の流れの変化や返し波、濁りの発生、電磁界などの心配がある。水中音によって魚に内臓の血腫や内出血などの障害が発生することがわかっている。カレイ類やホッケ、ハタハタなどの無鰾魚は特に音圧の影響を受けやすい。また、鮭やウナギは地球の自然磁場を利用して回遊するため、有明海のウナギも影響を受けるだろう。

太陽光発電の設置にしても、設置に伴う大量の除草剤の散布や有害物質の漏出、土砂災害、パネル廃棄時の処理の問題が懸念される。
『西日本新聞』で報道された、メガソーラーの設置によって破壊された阿蘇山の姿が痛ましい。仮に、TSMCの莫大なエネルギー消費を賄うためにメガソーラーなどを増やすことになれば、熊本の観光資源であり、象徴でもある阿蘇山は、一層メガソーラーに覆われる事態になりかねない。

そもそもメガソーラーは九州には不向きである。日本列島は地震が多いことに加えて、九州は台風も多く、メガソーラーの設備が破損する可能性は十分にあり得る。災害によって破損したパネルから有害物質が漏れ出る可能性は高い。太陽光発電に含有される可能性の高い有害物質は、鉛、カドミウム、ヒ素、セレンであり、かなり有害だ。実際、環境省の太陽光パネルの破砕片の溶出試験では、鉛、セレン、カドミウムの溶出が基準値を上回る値で検出されている。さらに、環境省のガイドラインでも「ガラスが破損した使用済み太陽電池モジュールは雨水等の水漏れによって含有物質が流出する恐れがある」とされている。

また、太陽光パネルの廃棄はリサイクル・埋め立ての二通りであるが、埋め立ての場合の土壌汚染や地下水汚染のリスクが残されている。

つまり、TSMCはこの点においても土壌・地下水の重大汚染の原因になり得るということである。

莫大な水資源の利用
TSMCは2022年時点で一日に19.3万トンの水を使用している。2020年に台湾で起こった干ばつの際、企業を優先する政策によって農地の灌漑がストップし、農業に水が回らなかった。半導体のためにコメを捨てたといわれている。

TSMC熊本工場は70%の水をリサイクルしていくとしているが、それでも一日1.2万トンの地下水を汲み上げ、年間約438万トンの地下水が使われることになるという。
2023年1月12日放送のKKT(熊本県民テレビ)の番組の中で熊本県の蒲島知事は、涵養によって地下水を戻す計画であるが、将来的に地下水が足りなくなる可能性もあると言及し、熊本の県民は「トイレに使う水くらいダムの水でいいのではないか。」とした。企業に優先的に地下水を廻すのだろうか。どのようにして水を用途に応じて使い分けるのか。はたして熊本県民の生活用水は守られるのだろうか−。

実は、問題は既に起きている。
熊本県で井戸の掘削をする業者が2023年4月にJASMからわずか2kmの農地の井戸の水位が突然20m下がっているのを発見した。JASMはまだ稼働前なのでこの水位の下降とは無関係だと思われるかもしれないが、実はJASM工場がどの程度の量の水を汲み上げることができるか把握するために一部の井戸で試験的に地下水の揚水を行っていると前年の7月19日の熊本日日新聞で報道されている。つまり、試験的な地下水の汲み上げだけで既に地下水の水位が下がってしまったと考えられるのだ。

水が豊富な日本に住む日本人、特に熊本県民は水資源が世界的に渇望され、狙われているという意識が総じて低いかもしれない。だが、TSMCにとって熊本に工場を誘致して敷地内に井戸を掘り、好き放題に水を使用できるということは、笑いが止まらない好条件なのである。水資源の獲得の面からも、TSMCはかなりの数の工場を熊本、あるいは九州のどこかに移してくるのではないだろうかと危惧する。

おびただしい種類と量の有害廃棄物
 台湾メディアの新新聞the Journalistの2022年5月11日の新刊増刊号の連載、“榮光的代價The Price of Glory-2”に「半導體業不能說的秘密:那些連專家都沒聽過的毒物,如何影響健康和環境?(半導体業界が言えない秘密:専門家さえ聞いたことのない毒物が健康と環境にどのように影響するのか?)」という記事が掲載された。

記事では、半導体を製造するには数多くの化学物質を使用し、非常に有毒であることは否定できない事実であるとしている。半導体製造の工程は大変複雑であり、工程ごとに異なる化合物を必要とするため、その数は数百種類に及ぶこともあるという。半導体を洗浄・エッチングするために使用される溶液や化学物質は、人体に非常に有毒である可能性があるため、特に注意が必要である。

しかし恐ろしいことに、製造工程で使用される有害化合物は半導体業界から開示されておらず、技術の保護を言い訳に秘密にしているという。
例えば、韓国の半導体企業12社のうち11社は製造プロセスで210品目もの化合物を使用しているが、外部に公開することを拒否している化学物質は、使用している品目の29〜33%に上る。

それは台湾の企業も同じであり、事実上全てを開示していない。
台湾では、危険や有害性のあるものは、原則、完全開示しなければならないが、開示に不都合がある場合は、職業安全衛生署で審査された後に開示を免除される。しかし、台湾の半導体業界では、法令の盲点をついて、開示免除を認められないような有害化合物の審査を回避するために、有害性を知りながら開示をせず、開示免除の申請すらしないことが横行している。万が一、この隠蔽行為が発覚しても、数万台湾ドルの罰金で済んでしまう。

特に、現場職員は健康被害の温床であり、半導体製造の過程で発生する非発がん性の有害物質の最も顕著な影響は、女性の不妊症、流産、催奇形性の生殖および発生毒性を引き起こす可能性であるとしている。

以前は労働部労働及び職業安全衛生研究所に所属し、現在は真理大学工業管理と経営情報学科副教授でもある謝功毅の博士論文によると、半導体工場の女性労働者がグリコールエーテル類(エチレングリコール、プロピレングリコールを含む)の環境に長期間暴露されていると月経異常が生じ、妊娠までより長い時間が必要になる等の影響を報告しており、その結果は統計学上においても明らかであるとみなされている。しかし、残念ながら台湾政府は追跡調査を継続していない。

そして、清華大学分析環境科学研究所のヤン・シュセン教授によると、TSMCがある新竹サイエンスパークの汚染水が排出される周辺の地域の重金属の値を調査したところ、2007年にガリウムもインジウムも10mg/kg前後だった値が、2022年時点ではガリウムが60〜120mg/kg、インジウムも20〜60mg/kgに増加していたという。アメリカ地質学会によると、地球の平均値はガリウムが19mg/L、インジウムが0.1mg/Lであることを考えても非常に高い値である。

インジウムとガリウムは、半導体製造に特徴的な重金属だ。つまり、新竹において半導体製造工場由来の重金属汚染があった可能性が極めて高い。そして、2022年時点で土壌のインジウムとガリウムの値が上昇していることから、半導体工場からの重金属汚染が、現在もなお、続いてると考えられる。
2004年には、新竹市で重度に重金属に汚染された緑色の牡蠣が見つかり、牡蠣業者は廃業に追い込まれた事件も発生している。

製造プロセスで使用される重金属は、銅、ガリウム、ヒ素、ベリリウム、カドミウム、水銀、鉛、亜鉛、アンチモン、ビスマス、ゲルマニウム、セレン、インジウム、テルル、マンガン、タンタル、モリブデン、タングステンなど、挙げるときりがないほどである。これらの重金属はそのものが有害であるものや、化合物になるとさらに有害性が増すものもあり、強毒性のヒ化ガリウムなどは半導体製造の工程で多く使用されている。

少し古い論文にはなるが、1974年の米国ダートマス医科大学微量元素研究所のシュレーダー氏は、「カドミウム、ベリリウム、アンチモン、水銀、鉛の5つの微量元素は有害元素であり、人間の健康を考える際には特に注意する必要がある。アメリカでの死亡原因の少なくとも半数、また治療不能な難病の大多数には、これらの5元素が何らかの関連を持っていると想定される」と警告している。

畑明郎教授、そしてヤン・シュセン教授によると、金属汚染は土壌でも分解されず、地質の一部として地下水に浸透していくという。重金属は、比重4以上と重く、土壌に吸着されやすく、水にも溶けやすい。そのため、土壌汚染、地下水汚染共に引き起こす。

ヤン・シュセン教授によると、直接的な証拠はないが、台湾の西海岸の生物多様性は依然として悪化している。

恐ろしいことは他にもある。
台湾「New News」の調査とインタビューによると、半導体製造で使用される有害物質が完全に開示されていないことに加えて、環境影響評価・健康リスク評価に含まれる品目数が非常に少ないという。
TSMCが工場を構える大手サイエンスパークでは、数百種類の発がん性・非発がん性化学物質が使用されることが多いが、実際に健康リスク評価に含まれる割合はおそらく30%未満。新竹サイエンスパークの宝山第2期拡張プロジェクトでは、拡張プラントと既存のプラントは合計164(TSMCの3nmプロセスでは178)の有害物質を使用しているが、健康リスク評価に含まれているのは37品目のみである。

これは何も台湾に限ったことではない。
TSMC熊本工場では、工場から排出される汚染水は、菊陽町の下水道を通って熊本県の北部浄水センターに一旦溜められ、県の中心を流れる坪井川に流され、有明海へと流れていくという。県によると、汚染水の調査には下水道法が適用されるというが、下水道法の調査品目数はわずか28品目である。含まれている重金属は、カドミウム、鉛、ヒ素、水銀、六価クロムの5種類のみである。

また、「たとえ排出量が基準に合致していたとしても、長期的な排出によって蓄積される総量は膨大になる」と、ヤン・シュセン教授は述べている。
熊本においては、法律上の調査基準は1リットル当たりの含有量、つまり濃度によって調査されるが、排出濃度が基準をクリアしても、毎日膨大な量が排出され、蓄積されれば、重大な環境汚染と健康被害につながるはずだ。

台湾の環境問題は深刻
台湾では、重度の環境汚染によって、河川の25%、農地の5%が利用不可能だといわれる。
肺がんの罹患率はアジアで二位、人工透析率は世界一であり、がん患者数は増え続けている。環境への意識が日本とは異なることは認めざるを得ないだろう。


自国の環境や国民の健康に配慮が欠ける企業が、日本の環境や日本人の健康を気にかけるとは考えにくいのではないだろうか。

TSMCの創設者であるモリス・チャン氏は、日経アジアの記事のインタビューの中で、アメリカで半導体を製造するコストは、台湾での製造コストの倍近くになる可能性があると述べている。おそらく日本国内での製造コストも高くなるだろう。生産コストを抑えることで低価格チップを実現してきたTSMCが、はたして生産コストがかさむ日本において、高額な有害物質の処理や産業廃棄物の処理にコストをかけてくれるのか疑問が残る。

諸手を挙げて受け入れる前に、厳しく調査し、注意深く監視する必要があるだろう。



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