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長女ちゃん語録をまじめに考えてみた

最近長女ちゃんは面白い言葉を使うようになりました。
特に顕著なのは

・嬉しんでる
・入らなすぎる
・できなすぎる
・わからなすぎる
・開けれた
・着さして

これらの言葉、親は使っていないため、保育園で誰かが使っているのを聞いているか、自分なりに文法を解釈して使っていることになります。
一応本人に聞いたところ、誰かが使っている言葉ではないとのことなので、自分なりに解釈したのかもしれません。
とすると、うちの子だけではなく、同じような言葉を使っている子は多いのではないでしょうか。

ということで、「嬉しんでる」について。
違和感を感じて妻も「喜んでる、でしょ」と修正するのですが、実は古語には「嬉しむ」という言葉があるのです。
「嬉しんで」は「嬉しむ」の活用なので、明治時代くらいまでは普通に使っていた可能性があります。
同様の文法の「悲しむ」「楽しむ」は今も使いますからね。

~すぎる」は本来なら「過剰に」の意味で使われます。
しかしそれがいくつもあるものの大部分が同じような状況にある状況を過剰な状態として使うようになり、長女ちゃんのような誇張表現として使われるようになりました。
「全然」と置き換えられる使い方ですね。
しかし長女ちゃんの場合、そもそも過剰な状態を認識しているとは思えませんし、口癖みたいになっているので、おそらく誰かの口癖を真似たのではないかなぁと。

開けれた」は典型的な「ら抜き言葉」ですね。
本来、上一段活用、下一段活用、カ行変格活用の動詞は「られる」となります。
「開ける」は下一段活用なので、「開けられる」となるのですが、「ら」が抜けています。
逆に「ら」がいらないのは、五段活用、もしくはサ行変格活用のときです。
もし自然と身に着けたとしたら、日常的には「ら」がいらない五段活用やサ行変格活用の動詞が多いため、それと同じ活用をしたことになります。
とすると自然発生的に出たことになるので、ら抜き言葉は自然な流れだとも考えられます。
そもそも下一段だから、とかややこしいですし。

着さして」は、正しくは「着させて」となりますが、「さして」を使う方は結構います。
本来なら助動詞の「させる」の活用なので、「さし」になることはないのですが…
古語まで遡れば、「さす」という言葉がありますが、これも「させる」(使役)の意味で使うものなら、活用は下二段なので「さし」とはならず。
どう間違えたら「着さして」という表現になるのかわかりません。
んー発音が悪くて「し」と「せ」の中間音になって間違えていくのか?
子どもの言語能力ってほんと不思議です。

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