【詩】岩の男

ケファは岩を探していた。なんでも、この世のどこかに必ず、自分だけの岩があるのだという。ケファの足はいつしか裸足で傷だらけとなり、両手に持った杖でもはや腰は曲がりきっていた。行く先々でケファはいつも馬鹿にされた。
「あいつは物を言えないのだ」「痴れ者にちがいない」
とあるペンキ塗りなどは「傷によく効く薬を塗ってあげよう」と言いケファの両足に溶剤を塗りたくり、痛みで転げ回るケファを笑い者にした。それでもケファは泣かず、物言わず歩き続けた。
いつしかケファの伸び切った髪には鳩が巣を作り、同じく伸び切って絡んだ髭にはタンポポが芽を出した。
そしてついにケファは岩に辿り着いた。ケファは涙を流し、ひっしと岩に抱きついた。その時、岩から声が聞こえた。
「ケファよ、あなたはここへ来る間、何を見てきましたか?」
ケファは答えることができなかった。腰の曲がり切った彼はもはや地面しか見えていなかったからである。
「ケファよ、私はあなたの岩です。さあ、登ってごらんなさい」
ケファは登った。足は切れ爪も剥がれたがそんなことはもうどうだってよかった。
頂上に辿り着いた時、ケファはその曲がった背中をいっぱいに伸ばし両手を高く高く掲げた。
全身の骨がバキバキと軋み、砕けたことさえわかった。歪みきったケファの体に太陽の、強い光が満ちていった。そしてケファの髪からは鳩の子らが巣立ち、タンポポの綿毛が一斉に舞い散った。
「美しい」
それはケファがこの世に生を受けてより初めて発した言葉であった。もはやケファの体は痛みで動くことができなかった。彼自身もそれは十分に理解した。それでも彼の心に湧いたのは「生きている」ただ現在のよろこびであった。

2020年冬 病室にて

この記事が参加している募集

#私の作品紹介

95,563件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?