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近代市民社会の原理 実践編

スティーブン・ピンカーのいう「啓蒙主義=近代市民社会の原理」の実現が、この時代の日本に必要な社会の価値観(=虚構)だと私は思っています。

昨日(2020年3月21日)、視聴したNHK:ETVのSWITCHインタビューで登場した「ぼくはイエローで、ホワイトで、ちょっとブルー」の著者、ブレイディみかこさんと、作家・演出家の鴻上尚史さんのお二人は、そのまま近代市民社会の原理そのもの。

近代市民社会の原理は「信念対立の克服」がキーワードなんですが「じゃあ、どうやったらいいの」というノウハウを持つ達人が、この二人なんだなと。

鴻上さんは「コミュニケーション能力とは揉めたときになんとかできる能力=対応力」で、これを学ぶには”他人の立場”をトレーニングする演劇が一番だという。

確かに演劇は「自分」から、離れて「他人」になり切ることだから、ブレイディのいう「エンパシー=他人の立場を想像し感情を分かち合う能力」を学ぶには、演劇は最適な教育方法かもしれません。そしてこれを教えるのが道徳だという。そうやって考えると、演劇というツールを使って道徳を教えるのも面白い。

ブレイディさんは、労働党が与党時代の英国では、多様性を教育するためにドールハウスには「お父さんとお母さんと子供」にするのではなく「お父さんとお父さんと子供」をモデルと設定したという。

そして夫婦別姓で揉めている日本の政治に対して、ちょっと信じられないとも。

私が思うのは、家族の一体感を醸成するためには「夫婦の姓は同じ方が良い」という価値観があっても良いし「姓が変わることに抵抗があるから姓はそのままで結婚したいし結婚相手もそれで良いと言ってくれている」という価値観があっても良い。

教条主義的に自分の価値観を相手に強要するのは違う価値観の人を不幸にします。

お互い近代市民社会の原理だけは共通の価値観=社会の虚構として受け入れ、その制限のもとの価値観=個人の虚構を認め合っていけば、原理主義・教条主義的な価値観は残念ながら排除されてしまいますが、それ以上の排除はありません。

これしか世の中がうまくいく方法は、私の知る限り世の中にはありません。そしてこれを身につけるためには「演劇」を学んだり、鴻上さんやブレイディさんの著作を読んだりすれば良いのかもしれない。

早速、私も実践編として鴻上さんの「ほがらか人生相談」を読んでみようと思います。

*写真:千葉県流山市 江戸川 菜の花の土手

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