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【読書感想文】米澤穂信『儚い羊たちの祝宴』

8年ぶりに再読。この本との出会いは国語の模試でした。現代文の小説で、『玉野五十鈴の誉れ』の冒頭部分が出題されたのです。模試の小説といえば、退屈で印象に残らないという偏見がありましたが(かなり失礼)、当時は設問が控えていることを忘れるほど引き込まれ、読み耽ってしまいました。すぐに出典を確認し、あの古典部シリーズの作者であることに驚き、地元の図書館へ急ぎました。まさかミステリだとは思わず、単行本の帯のアオリ「ラスト一行のどんでん返し」を見て、更に驚いたものです。
この本は各話が独立した短編集ですが、読書家のお嬢様が集う「バベルの会」が共通項です。1編ずつ振り返ってみたいと思います。

以下、ネタバレありの感想です。



身内に不幸がありまして

我を失うことを恐れるお嬢様と、彼女を崇拝する使用人の話。吹子に対する夕日の思いはあまりにも強く、違和感を覚えるほどでした。吹子は、それが単なる忠誠ではなく愛だったと気付いていたのですね。
手を下し、それが「少しだけ」つらいような気がした、という述懐にはぞっとしました。


北の館の殺人

殺人を犯したのはまさかの人物でした。上手くやった、しめしめ…と思い込んだはいいけれど、実は裏をかかれていたことが最後の最後で判明します。犯人が明かされてからは驚愕しっぱなしでした。最後の一文、詠子の一言には鳥肌が立ったほどです。

「…さんは、紫の手袋をしているのね。これもいずれ、赤く変わるわ」


山荘秘聞

そんな理由で…!?
呆気に取られましたが、己の仕事に並々ならぬ誇りをもつ彼女にとっては道理に適っているのかもしれません。

"猟銃のように銃身の長い鉄砲を使うのは初めて"

ここでまず違和感を覚えましたが、終盤で前職の「交渉」の内容が明らかにされたとき、思わず納得しました。あれは伏線だったのか、と。


玉野五十鈴の誉れ

この本に出会うきっかけとなり、5編の中でいちばん好きな物語です。
祖母が独裁者として君臨する名家、小栗家。一人娘の純香は、十五の誕生日に玉野五十鈴という付き人を与えられます。五十鈴は忠実な使用人でありながら、教養と狡猾さを持ち合わせ、純香に新しい世界を見せてくれます。

神秘の中に合理性があり、厳粛と諧謔が入れ替わり立ち替わりあらわれる。わたしは翻弄され、酔った。

五十鈴の勧めで初めてエドガー・アラン・ポーを呼んだ純香の言葉です。この端正な文体と思わず引き込まれる展開に、私も同じように酔いました。純香が五十鈴に心を開き、距離を縮めていく様子には胸が高鳴り、微笑ましさに頬が緩みました。

ですから純香さま、どうか……。どうか五十鈴を、長く置いてくださいませ。
──ずっとずっといつまでも、わたしのそばにいてね。わたしはあなたを離さないから、あなたも離れないでいてね。

その後の断絶では、五十鈴を渇望する純香の思いの強さに苦しくなりました。

わたしは自分が書いたものを見て、声を殺して泣いた。
"五十鈴
 五十鈴
 五十鈴
 五十鈴
 五十鈴"

五十鈴の誉れとはなんだったのか、2つの解釈があるように思います。まず、「言いつけを愚直に守り、ひたすらに役目を果たすこと」。当主である純香の父が娘と仲良くするように言ったから、その通りにしたというもの。五十鈴自らが口にしたことです。使用人という生業が生きる術である五十鈴は、そうせざるを得ませんでした。
もうひとつは、心を許した純香に忠実であること。美しい主従関係の物語のようですが、あながち間違いではないと思います。純香付きを解かれた後も五十鈴が米炊きの歌を口ずさんでいたことや、純香が推察する祖母や太白の最期が、その証拠です。純香が毒酒を前に口にした「助けて」に対する返答は、幻ではないはずです。
純香が五十鈴を拠り所にする様はなんとも切なく、いじらしいものでした。五十鈴も態度に表さないにしろ、純香に対しそうであればいいと思うのです。

純香と五十鈴の関係が見所であるのはもちろんですが、何より瞠目するのはトリックです。最後の一文が目に入った瞬間ぞっとし、鳥肌が立ちました。五十鈴が料理下手というエピソードを彩り、2人の蜜月の象徴とも言える米炊きの歌。あんな形で物語の鍵を握っていたことに驚嘆しました。

五十鈴が純香の元に戻ってからの後日談を読みたくてたまりません。もし純香にとんでもない婿が来たら、主人を守るため五十鈴が暗躍しそうですね。


儚い羊たちの晩餐

いわゆる成金のパパとその娘の鞠絵。語り口や会話が他の短編の由緒あるお嬢様方とは違い、書き分けが流石だなぁと思いました。バベルの会を追われ、パパの秘密を知った鞠絵が半ば精神の均衡を失っていく様子は危うかったです。アミルスタン羊、意味するところが恐ろしいですね。

バベルの会の崩壊が描かれた本作、ぜひ復活後の話も読みたいものです。「現実のあまりの単純さに、あるいは複雑さに耐え切れない者、幻想と現実とを混乱してしまう儚い者」が集うミステリなんて、米澤先生の手にかかればとんでもなく面白いに決まっています。
加えて、本作に登場する名作にいつか触れたいと思いました。今すぐではなく、いつかですが…(あくまでも他の米澤作品を読む方が優先です、笑)。随所に現れる名作が背景にあれば、この本の面白さをより深く感じ取ることができると思うのです。

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