見出し画像

プロクラブのアカデミーの実態について

カーディフシティFC(イングランド2部)のアカデミーで指導を始めてから早くも半年が経過し、シーズンの半分が終了した。カーディフシティはチャンピオンシップに所属していて、監督をコロコロ変えながら現在残留争いを繰り広げている。トップチームの所属リーグでクラブ予算の規模も大きく変わるらしいので、何としてでも今シーズンは残留してもらいたい。

そんなトップチームとは打って変わってカーディフシティアカデミーはイギリス国内で非常に定評のあるアカデミーだ。と言うのも、カーディフは他のクラブ(プレミアリーグやチャンピオンシップのクラブ)に比べるとお金がないクラブなので、育成で優秀な選手を育ててトップチームに送り出したり、他のチームに売る必要があるからだ。もちろん年代によって強さは変化するが、アカデミーという枠で見た際にカーディフはイギリスでベスト10に入ってくるかどうかというようなところだろうか。

初めてプロクラブで指導する機会を頂いた私にとって、そんなカーディフでの指導は毎日が学びの連続だ。今回はカーディフで私がどんな業務をこなしているのか紹介していく。

稀に他の学年を担当する日もあるが基本的に私はカーディフのU-11を担当している。U-11は月、水、土に練習があり、と日曜日にゲームが組まれるスケジュールとなっている。

週替わりの1週間のスケジュール

月曜日はHouse of Sportというカーディフが所有する屋内フットサル場で練習を行っている。

House of Sport
House of Sport の隣にはカーディフシティスタジアムがある
7人制の人工芝のピッチ
バスケやフットサルができる屋内競技場(フットサルコート3面)

月曜日に行われる練習はIDP(Individual Development Program)と呼ばれる、個人の技術にフォーカスした練習が行われる。月曜日はIDPを1時間行った後に30分のフットサル形式のゲームを行うプログラムとなっている。

大体、3〜5人のプレイヤーに1人のコーチが付き、各個人に必要な技術やスキルをゲームモデルや技術開発フレームワークに沿ってトレーニングしていく。

技術開発フレームワーク
フレームワークをさらに細分化したもの

IDPセッションでは選手1人ひとりのプレー時間を最大限確保して、多くの反復練習を行うことで、選手の基礎技術やスキルを高めることができる。また、少人数グループにすることでコーチが各選手に具体的且つ個々にフォーカスした濃厚な指導を行うことができるのもIDPの良い点だ。

練習最後30分のフットサル形式のゲームではフットサルの要素を取り入れたローテーションや選手の立ち位置落とし込み、それがどのようにサッカーに活かすことができるかということに力を入れる。またフットサルは最高の『Differential Learning』であり、ピッチ、ピッチサイズ、ゴールサイズ、ボール、人数など普段のサッカーとは違う環境でプレーをすることで、様々な技術やスキルを養うことができる。

水曜日はUSW Sport ParkにてSSG(Small Sided Game)をベースとした練習が1時間半行われる。 

水曜日の練習風景

基本的に30分を1つのメニュースロットとして、3つのメニューが行われる。

水曜日の練習ではゲームモデルに沿って、様々なSSGベースの練習が行われているが、ここで重要なのがコーチングの質。正直にいって、練習のメニューは非常にシンプル。下の図のような6ゴールゲームや、エンドゾーンゲームなど特に何か特別なオーガナイズやレイアウトにはなっていない。

6ゴールゲーム:横長のピッチにミニゴールを6つ置き、各チームは3つのゴールを狙う。
エンドゾーンゲーム:エンドゾーンでボールを受けられたら1点。オフサイドあり。

しかし、コーチングの質は私の目からすると非常に高いように感じる。U-11では監督、ヘッドコーチ、私の3人でコーチングをしているが、コーチの立ち回りがセッションプランにも組み込まれている。

監督がボール保持(オフェンスチーム)のコーチングを行い、ヘッドコーチがボール非保持(ディフェンスチーム)を担当。私は予め決められた特定の選手にフォーカスしたコーチングを行うことが多い。コーチの立ち回りを明確にすることでコーチというリソースを最大限に活かして練習の質を高めることができる。

特に監督のコーチングは目から鱗だ。監督は65歳くらい(正確な年齢はわからない)で日本では定年退職しているような年齢だが、サッカーが大好きでデータやスタッツを好んで集める『変態』のような方だ。U-11では毎試合コーチ陣が試合の分析を行い、データを採集。Retention RateやPacking Scoreなど客観的なデータを用いてパフォーマンスを測定する取り組みを行っている。

そんなデータ大好き監督のコーチングは論理的で情熱的だ。彼は上手くいかない状態や問題が発生した瞬間に即座に解析を進めて、どうしたら改善できるのか選手へフィードバックを送る。彼の頭に詰め込まれている知識は計り知れない。私も彼のコーチとしての振る舞いや言動、コーチングのディテールなどはいつも参考にさせてもらっている。彼の知見をできるだけ盗みたい。

話は逸れたが、水曜日はフルコートの半面を使える時は残りの30分をゲームをして練習の成果を確認。1/4ピッチの時はSSGベースの練習を行い練習を終える。

土曜日は『デイリリース』と呼ばれる2部練の日。9:00から練習が始まり、1時間半トレーニング。10:30から分析のセッションを45分ほど行い、11:30〜13:00まで2部練が行われる。

冬の朝はピッチが霜で凍っている

最初の1時間半の練習は月曜日のように少人数グループに分けたIDPトレーニングを60分行い、残りの30分でSSGベースの練習を行う。

その後、クラブハウス内にあるクラスルームに移動して、分析セッションを行う。分析では自分たちの直近の試合映像やプロの試合映像を使って、練習のテーマに沿った分析が行われる。

分析セッションの様子

分析セッションでは監督が選手たちに質問を投げかけたり、ディスカッションさせて1つの答えに導くようなアクティブラーニングの形式になっている。「この判断は正しい判断だったか」、「どうやってプレーを改善させられるのか」、「この状況で必要な要素は何か」など実際に試合の映像を使って、選手たちに客観的に考えさせることで、サッカーIQを養うと同時に、戦術的な知識や技術的な知識を落とし込んでいる。

私自身も学びの場となることが多く、最近では『崩し』について選手たちと一緒に学ぶことができた。

毎週日曜日はマッチデイとなっている。週によってホームかアウェイは変化するが、ホームの試合ではウォーミングアップの前に分析映像を使って簡単な1週間の振り返りを行い、試合でどのようなことにフォーカスするのかを選手たちと共有する。

試合前のミーティング

毎試合EFL(English Football League)のチームとの対戦は毎回見応えが十分で、同年代で世界的に最高峰のレベルの試合を指導できることはかけがえない経験となっている。

vsサウサンプトン
vsアーセナル
vsチェルシー
vsウルブズ
vsアストンヴィラ
vsレスター

ゲーム形式は9人制となっていて、ピッチサイズは大人用のフルピッチを少し小さくしたサイズ。20分×4本が基本的な試合時間となっている。

能力の高い選手(プロになれるポテンシャルが高い選手)は基本的にフル出場で、それ以外の選手は同じゲーム時間が与えられる。なので1人当たり60分〜80分のプレー時間が確保される。

全ての試合は分析官によって撮影されるので、基本的にその日中にHudl(オンラインプラットフォーム)に試合映像アップロードされる。映像がアップロードされるとコーチ陣は分析に取り掛かる。監督はPacking Score、ヘッドコーチがチームスタッツ、私が個人スタッツを担当して、データを集計。そのデータを基にマッチレポートを作成してコーチ陣で共有、チームのパフォーマンスの成果を確認している。

いつもマニュアルでデータを集めています

下の図は個人のRetention Rate(どれだけボールをキープしたかの指標)とPacking Score(どれだけ攻撃に影響を与えたかという指標)を組み合わせたもので、各試合でより多くの選手を右上のターゲットゾーンに押し上げることが、1つのパフォーマンスの目標だ。

ゲームへの影響力とボール保持力を掛け合わせた指標

そして下の画像はチームとしていかに効果的に攻めることができていたかという指標だ。これはHot Zone RatioとPass Countを掛け合わせた指標で、各試合毎にチームのパフォーマンスをデータ化することで、シーズンを通じてチームパフォーマンスを見比べることができる。

そして、また月曜日から練習を行うサイクルとなっている。CPD(Coaching Program Development)と呼ばれる6週間に1度のアカデミーコーチ全体のミーティングで練習内容やカリキュラムのレビューが行われ、常に最適なコーチングを追求される構造ができている。

CPDはカーディフシティスタジアムのメディアルームで行われる。

少し前に行われたCPDについての内容を下記の記事にまとめているので、ぜひご覧ください。

当然、カリキュラムやゲームモデルの更新、改訂が起こると現場では柔軟性や適応力が求められるが、カーディフのコーチ陣の求められていることを表現しようとする努力は素晴らしい。サッカーは常に進化をし続けているので、時代遅れのコーチングにならないような努力は不可欠だ。

毎週水曜日には練習の前に1週間の振り返りミーティングがあり、1週間の取り組みについて良かったこと、上手くいかなかったこと、改善点などを話し合う。

水曜日のミーティング

こうした1つ一つ丁寧にクラブ、チーム、選手たち、コーチ自身を振り返り、「どうやって更に向上させることができるか」という姿勢は非常に大切だと思う。

特に短期的、中期的、長期的な目線からプログラムやカリキュラムを作り、そして定期的に正しい方向に進んでいるか振り返るストラクチャーが設計されているところにプロフェッショナリズムを感じる。もちろん、選手の能力や環境、施設、リソースといったプロクラブのアドバンテージはあるが、クラブの全体の構造や幹となる部分がしっかりと論理的に設計されているところに普通のサッカークラブとの『違い』を感じる。

カーディフのトップチームは現在チャンピオンシップ(イングランド2部リーグ)で苦しんでいるが、アカデミーの成績は優秀でイギリスにあるプロアカデミーのトップ10に入るかどうかのところに位置付けている。特に下のカテゴリーではトップ5くらいには入ってくる学年もある。

カーディフの難しいところは良い選手はイングランドの他のアカデミー(マンチェスターユナイテッド、マンチェスターシティ、チェルシー、アーセナルなど)に流出してしまうところだ。

やはりイギリスでは国内全土にスカウトの眼が張り巡らされているのでタレント性のある選手は早いうちに引き抜かれてしまうのが、今のカーディフの悩みだろう。いかに選手の流出を抑えて、トップチームに上げることができるかが、今後のカーディフアカデミーのチャレンジになりそうだ。

もし宜しければサポートをよろしくお願いします! サポートしていただいたお金はサッカーの知識の向上及び、今後の指導者活動を行うために使わせていただきます。