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R怪談「予防医療と遠隔治療」・・・事前に病気になりそうだと分かったら。


地方都市の医師不足に対応する為、202X年から始まったのが、
「プリディクションメディスン・予測医療」である。

これは、以前からあった予防医療の考え方を一歩進めて、
個人のDNA解析により、将来発病しそうな病気や罹患しうる感染症などを予測し、事前に当該部位の手術や、ワクチンなどの投与を行うものだ。

その先駆けとして、「PMC」プリディクション・メディスン・チップと呼ばれる小さな医療用チップを使った予測医療と遠隔治療を兼ねた実験が行われることになった。

「PMCで常に身体の状態を国にモニターされてるんだろう」

「でもな。非常時にはAEDの代わりになってくれるらしいじゃないか、
私らみたいな年寄りには、ありがたいことだよ」

「それに、血液脂質などの状態をモニターして異常があれば、すぐにスマホに通知が来る。連絡先を登録しておけば、妻や子供たちにも連絡が行く。あれこれ思い悩まなくとも良いから便利じゃ」

そんな会話が街中で交わされ、多少の不安はあったが予防医療のニーズは高く1か月の試験運用が行われる事になり、1000名の被験者が集められた。

運用を司るのは最新鋭の医療用人工知能、メディスンAI、『マイ』である。

医療や病気に関するデータと、
老若男女1000名の被験者データを『マイ』に登録し、
最後に、目標となるテーマを読み込ませた。
このテーマについては、様々な意見が出た。

なぜなら『マイ』はこのテーマに沿って、1000名の被験者に予防治療を行う。ただ「健康に」というだけでは不明瞭で、「歩ける、食べれる、遊べる」などと具体的になりすぎても片手落ちになりがちで、「健康」を具体的に定義することが難しく、決定は難航を極めた。

結局、「健全な社会生活を実現する」
という総花的な概念で、とりあえず実験は行われることになった。

「それでは、『マイ』を起動します」

プロジェクトリーダーの尾崎が声を掛けると、スタッフがキーボードを操作した。

ブイ~ン。キキキ。

起動音を立てて正面の画面に『マイ』と書かれたロゴが浮かび上がった。
これから一か月間、町中の監視カメラを通じて
1000名の被験者の生活が予測医療運営センターに映し出され、
50名のスタッフと『マイ』によって健康状態がチェックされる。

健康状態が悪くなれば、その人物を捉える映像が赤く点滅し、
正面のモニターに映し出され、『マイ』が必要な治療や場合によっては
AEDのように、心臓マッサージまで行うのだ。

『マイ』の運用が始まって10分も経たないうちに、一人の被験者の映像が赤く点滅し始めた。

「早速『マイ』が異常を検知しました。モニターに出します」

70歳代の老人が、商店街で胸を押さえて苦しんでいる姿が映し出された。

「心臓か、『マイ』の機能を試すにはちょうど良い。被験者から目を離すすなよ。カメラの連携を怠るな」

尾崎の声に続いて、『マイ』が患者のデータを読み上げだした。

「被験者№463。74歳男性。心臓に基礎疾患あり、対処中」

乾いた声が響き、スタッフは被験者の動向に集中した。

しかし、被験者№463の状態に変化が出る前に、又一つ赤い点滅が始まった。

「被験者№378。62歳女性。肺がん治療中、対処中」

点滅する画面では老女がやはり胸を押さえて苦しんでいた。

「何だ。肺がんが急変したのか?」

尾崎に問われてスタッフの一人が答えた。

「分かりません。治療中の『マイ』は、外部から操作できないので、
現状確認は治療の後になります」

「見守るしかないのか。『マイ』頑張ってくれ!」

続いて又二つ、赤い点滅が始まった。

「被験者№908。45歳男性。鬱病、対処中」

「被験者№045。28歳女性。妊娠中の胎児にDNA異常あり、対処中」

尾崎は疑問を感じ、近くにいるスタッフに訪ねた。

「『マイ』は精神疾患や胎児の治療までできるのか?」

「医療に関する全ての情報をインプットしてありますから、その可能性はありますが、鬱病に関しては、電気信号で刺激を与えているのかもしれません。ただ胎児の治療に関しては分かりません。あの医療用チップで出来る何か新しい治療法を見つけたのかもしれません」

尾崎たちが戸惑ううちに、赤い点滅はどんどん増えていった。
その数は、あっという間に100を超えた。『マイ』は抑揚のない声で、100名以上の被験者の病名を次々と読み上げていく。

「おい。こんなに沢山の被験者が急に健康を害するのはおかしいぞ。
何か間違っているんじゃないのか」

「でも、チェックした被験者は、皆胸を押さえて苦しんでいます。
本当に病気なんですよ。『マイ』が今必死に治療を行っているんです」

「しかし・・・」

尾崎は、真っ赤に染まっていく画面を見ながら、不思議に思った。

「なぜ、皆胸を押さえているんだ。妊婦や糖尿病の被験者もいるのに・・・おい。『マイ』がチェックしてる被験者の一覧表を出せ! 病名を確かめるんだ」

「はい!」

「被験者№334・・・被験者№786・・・被験者№209・・・」

キキキ、という機械音を伴って『マイ』が治療している被験者を読み上げ続けている。
キーボードを操作した若いスタッフが叫んだ。

「尾崎さん。変です。全員心臓麻痺になってます」

「何だと。すぐに全システムをチェックしろ! 『マイ』の電源を切れ!」

「今『マイ』を切ったら、治療中の人達は助かりませんよ」

「良いから切るんだ。今すぐ」

尾崎は『マイ』を起動させているコンピューターの電源ユニットを片っ端から引っこ抜いていった。
モニター画面が次々と消えていき、やがて『マイ』は沈黙した。

数日後、被験者の死亡者数と、事故の原因が判明した。

死亡したのは、294名。全員が基礎疾患や持病を持ち、何らかの治療が必要な人物だった。

原因はもっと単純だった。

マイに目標となるテーマを読み込ませたとき、
「健全な社会生活を実現する」
と入れるところを
「健全な社会を実現する」
と入力してしまったのが原因だと分かった。

『マイ』は、人間の「健全な社会生活」実現するのではなく、
不健康な人間のいない「健全な社会」を実現しようとしたのだった。

その為、健康に不安のある者全員に、チップを使って心臓麻痺を起こさせたのだ。

プロジェクトは中止になると思われたが、政府からの要請でさらに予算が付き、名前を変えて継続されることになった。

しばらくして、将来起こり得る医療崩壊の予防を理由に「予測医療義務法」が施行され、全国民に医療チップの装着が義務付けられた。

1億人の装着が終わった時、政府は大きく宣伝した。

「これにより、全ての国民の病気を、遠隔で治療出来るようになりました。
体も、心も、思想も・・・」

                  おわり



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