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「笑い嫌いの源助」・・・怪談。山の中で出会った怪異とは。


『笑い嫌いの源助』


羽州街道に通じる脇街道沿いの小さな村に
源助という百姓が住んでいた。

源助は、働き者だったが、少し偏屈だった。


百姓仲間が寄り合いに誘っても

「一文の得にもならん寄り合いなど誰が行くか!」

などと吐き捨てるように言って、家に引きこもってしまい、

村に祝い事や祭りがあると、

「うるさくて、かなわん!」

とぼやく。

次第に仲間から疎まれるようになり、
ついには村の誰も、源助とは口を利かなくなってしまった。


「嫁でもおれば変わるかもしれん」

見かねた庄屋が一計を案じ
家の手伝いに来ていたお里を源助のもとに嫁がせることにした。


お里は、器量は十人前だったが、明るく元気な娘だった。
しかし、源助と一緒に暮らすようになってから
口数が減り、笑顔も消えていった


心配した庄屋が源助のいない時に話を聞きに行くと、

「源助さんは、笑い声が嫌いなんです。
ハハハでも、ホホホでも、家の外を歩く人の
笑い声が聞こえてくるだけで、耳を抑えて丸くなるんですよ。
だから、ご飯の時も黙ったまま。
『今日こんな面白い事があったんですよ』とか言おうもんなら、
『誰もいないところで話してこい』って追い出されそうになりますし、
小鳥が鳴いているのを見て笑っていたら
『うるさい。何が可笑しいんじゃ』と叱られてしまいました」

とお里は少し困った顔をして答えた。

「それは酷いな・・・」

「でもお庄屋さん。ご心配なさらないでください。
私がそのうち、笑いの溢れる家にしてみますよ」

お里は、けなげに笑って頭を下げたが
その笑顔には以前のような明るさは無かった


その頃、源助は山菜を採りに山に入っていた。

『ちょいと一休みするか』

籠一杯に山菜やキノコを採った源助は
村を見下ろす広場の角にある、
幅八尺ほどもある丸い岩に腰を下ろした。

木々の間を抜けてくる風が汗を飛ばし、
火照った体を冷ましてくれる。

源助は、いつしか大岩の上に横になり
うとうとと寝ってしまった。

「ガッハッ、ハハハ」

突然、源助の耳に、大きな笑い声が聞こえた。

「こんな山の中で誰が笑っているんじゃ」

源助は上体を起こして見回したが
周りには誰もいなかった。

「疲れとるのかな」

もう少しだけ休んでいこう、と岩の上に横になったが、
しばらくすると又、

「ガッハッ、ハハハ」

と笑い声が聞こえる。

「誰じゃ!隠れて笑ってないで出てこい!」

空しくこだまする源助の声の合間にも
笑い声は途切れることなく聞こえていた。

源助は耳を澄まして笑い声の出所を突き止めようとした。

右か、左か。

いや。どちらでもない・・・となると、

下だ。
源助は自分の座っている大岩に耳を当ててみた。

笑い声は岩の中から聞こえてくる。

「なんじゃ、これは」

源助は薄気味が悪くなり、大岩の上から降りて
山道を歩きだした。

しばらく行くと、上ってくる時には無かった大岩が、
道の真ん中に転がっていた。

「上った後でがけから転がり落ちてきたじゃろうか」

源助が大岩の横をすり抜けるようにして通ろうとすると、

「ガッハッ、ハハハ」

岩の中から笑い声が聞こえてきた。

それは、元の広場にあった丸い大岩だったのだ。

源助は慌てて岩から離れ、道を下った。

しかし又しばらくすると、今度は道を塞ぐように岩が転がっていた。

近づくとやはり、

「ガッハッ、ハハハ」

と笑い声が聞こえる。

元々笑い声が嫌いな源助、帰り道もふさがれてしまって
大岩にバカにされているような気分になった。

「何が可笑しい。笑うな!」

源助が叫ぶと、不思議なことに大岩は急に笑わなくなった

ほっと溜息をついた途端、今度は、

「シクシク、エ~ンエ~ン」

大岩から鳴き声が聞こえだした。

「泣いたり笑ったり、面倒くさい岩だな」

源助が腕を組んでぼやいていると、頭にコツンと当たるものがある
何だろう、と落ちてきたものを見ると、ドングリほどの小さな砂利だった。

「畜生。どこから・・・」
と言い終わらないうちに、
バラバラバラっと砂利や小石が
大量に空から降ってきた。

「痛い痛い」

源助は大岩の下のわずかな窪みに身を隠し、
降ってくる小石を避けた。

「シクシク、エ~ンエ~ン」

大岩は泣き続けている。
降ってくる砂利や小石も、いつまでも止まなかった。

地面が小石だらけになり、
その小石が段々と積み重なっていった
ついには、横になっている源助の体を埋め尽くすほど
積もってきたが、小石の雨の勢いは変わらなかった。

たまらず逃げだそうとしても、
大岩の下を出ると、たちまち天からの石つぶて
体中傷だらけになってしまう。

源助は身動きが取れなかった。

「シクシク、エ~ンエ~ン」

泣く声がどんどん大きくなっていく。
それに合わせて小石の雨も強くなっていく。

雷が鳴り、雷光が走ったが、源助はどうすることもできず、
とうとう積みあがった小石と大岩の間に閉じ込められてしまった

「ううう。苦しい・・・助けてくれ~」

源助の叫びが外に届くことは無く、
びっしりと積みあがった小石は、外の音も閉ざしていた。
もはや小石が降り続けているのかさえ分からない。

静寂の中で、小石と大岩が源助の体を押しつぶそうとしている

「あああ。お里、お里~」

女房の名前を読んだ途端、源助は目を覚ました

そこは元の広場の大岩の上だった。
もちろん、大岩は笑いも泣きもしていなかった

「ふうう~」

源助のため息の音が森に流れ、
やがてそれが消えると、深い静寂が訪れた。

静かだった。

その静けさは、源助に小石と大岩の間で押しつぶされ
そうになったことを思い出させた。

「うわあ」

源助は山菜の入った籠を抱えて、大急ぎで山を下りて行った。

家に帰ると、お里が小さな声で

「おかえりなさい」

と言った。

源助はお里を抱えるように抱きしめると

「今山の中で、これこれこういう事があったんじゃ。はっはっは」

と大きな声で笑いながら、たった今山で起こった事を話した。

お里は大声で笑う亭主に戸惑いながらも、
ニコニコして話を聞き続けた


それからの源助は、のべつ口を開き、あった事、思った事、
どんな事でも楽しそうに話し、お里と一緒に笑いあった

お里だけではない、村で人を見かけると
誰彼構わず捕まえては大声で笑いながら話をした。

最初それは、まるで笑い声が途絶えることを怖れているようにも見えたが
そのうちに皆も一緒に笑いあうようになった

やがて、源助の周りには人が集まるようになり
村全体が笑いの絶えない明るい村になったという。


些細な事でも笑いあえるということが、本当の幸福である。


                   おわり











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