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「好みの顔」・・・出来ればこんな好かれ方ではなく。


『好みの顔』


私の古くからの友人である「麻田くん(仮名)」は、
海外ではある種の人間に好まれる顔をしているらしい。

彼は旅行好きで、一年に2~3回は海外に行く。
期間はそう長いものではなく、
仕事が休みになると、空きのあるツアーを探して格安で旅行をしているのだが、2000年頃にヨーロッパ旅行をした時に、事件は起こった。
これは、その時、彼が体験したことの記録である。


「Bonjour」

フランス・セーヌ川のほとり。エッフェル塔の見える大通りで
麻田は大型のビデオカメラを型に担いだ陽気な大男が話しかけられた。

何かのテレビ番組らしく、フランス語が交じった英語で早口にまくしたてるので内容の半分も聞き取れない。
どうやらインタビューをさせて欲しいという事らしい。

世界中を旅すると、時々その国のTVに取材されることがある。
もちろん、その後の放送を見る事は出来ないのだが
面白いからと言って、麻田はいつも答えることにしていた。


パリでも同様に気軽に受け入れ、「どこから来たのか?」などといった簡単な質問に答えていった。

ところが最後になって、「これを持って、カメラを向いてくれ」と一枚の紙を渡された。
そこにはフランス語で「スリに注意」と書かれてあった。

TV番組の失礼な演出なのだが、麻田にとっては、ただ事では無かった。

なぜなら、その前に訪れた国で、本当にスリに遭っていたからだ。

盗まれたのは小銭用の小さな財布だけだったので、被害額は小さかったが、
ショックは大きかった。

その時以来麻田は、二度とスリにやられないよう、頼りない男に見られないよう、気を張って歩いていた。ちょっと危ない奴に見えているかもしれないと少し心配だったが、スリに遭うよりはマシだと思っていた。


それが、スリ被害者を探しているバルセロナのTVクルーに声を掛けられるとは。

「別の国に来ても、まだまだカモに見えるのか、なぜなんだろう」

落ち込みながらも、指示通り『スリに注意』と書かれた紙を持ってカメラを向いた。

数秒後、陽気な大男は「サンキュー」と言い残し、紙を持って去っていった。


帰国後、この話を聞いた私は、「きっとスリ好みの顔なんだよ」と
慰めにもならない言葉をかけて、ワインを一杯おごった。

麻田は、ワイングラスを自分の目の前まで持ち上げ、
グラスに映る自分の顔をじっと見つめて呟いた。


「Bonjour」

                       おわり


もちろん、これはヨーロッパが危険という話ではありません。海外旅行に行くなら、スリなどの盗難被害にも気を付けましょうということです。
でも十分気を付けているつもりでも、知らない間に・・・
ということは少なくないんですよね。

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