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「最も罪深い妖怪」・・・怖い話。あの冬見たことは決して話してはならない。


「そのドア開ける前に、ちょっとだけ良いかな」

俺は、マンションから出かけようとする有紀子を呼び止めた。

「何? アタシこれから友達と会うって言ったでしょ」

「大丈夫、すぐ済むよ。ウチの弁護士事務所で罪状が分からない事件があるんだ。法学部一の秀才と言われた有紀子に聞きたいんだ」

「ちょっとだけよ。で、何が聞きたいの?」

法学部一の秀才、という言葉が効いたのか、有紀子は一度開けかけたドアを閉じ、こちらを振り返った。それでも部屋の中にまでは戻ろうとはしない。だが十分だ。俺は考えていた質問を有紀子に向けた。

「海坊主って、どんな罪になるんだろう?」

「え?海坊主? 荒れた海に現れて、ひしゃくをよこせ~とか言う
あの海坊主?」

「そうだよ。船幽霊とも呼ばれているな」

「そんな下らない事のために、出かけようとしてるアタシを呼び止めたの?」

「ああ。法学部一の秀才には簡単だろう」

チッと舌打ちをして有紀子は投げやりに答えた。

「海坊主はぁ、ひしゃくを渡すと海の水を船に汲み入れて船を沈めようとするでしょ。だから器物破損と業務妨害。人がけがをしたら、暴行罪・傷害罪ってところじゃない」

「かまいたちは?」

「ヒトの足をぱっくり切るなんて、明らかに傷害罪!」

「浴室に現れて天井の垢を舐めるアカナメは?」

「家宅不法侵入! 女性が風呂にいたら覗きと痴漢の現行犯!」

「のっぺらぼうや、ろくろ首は?」

「それも威力業務妨害。相手が心臓まひ起こしたら暴行罪、場合によっては殺人未遂になるかもね。もういいでしょ。これ以上は言わないで、もう終わり。アタシ急いでるんだから!」

有紀子はそろそろ限界のようだ。語気がだんだん強くなり、今にも切れそうになっている。
不穏な気配を感じ取ったのか、三毛猫のテーミスが俺の足にすり寄ってきた。ひと月前の雪の日、有紀子が拾ってきたのだが、今ではすっかり俺に懐いている。
そう言えば、有紀子が俺のマンションに転がり込んできたのも、凍えるような雪の日だった。突然やってきて暗い顔で「開けて」と言うから可哀そうになってドアを開けたら、倒れ込むようにして中に入ってきたんだった。

「分かった。もう何も言わない、約束するよ」

「絶対よ。じゃあね」

再びドアを開けようとする有紀子に、俺は最後の質問をした。

「なあ。有紀子。考えてみるとさ、最も罪深い妖怪って、やっぱり雪女かな」

有紀子はドアノブから手を離し、ゆっくりと振り返った。
今までに何度も見た顔だ。嫌悪の感情が混じった怒りが限界に達している。

「言わないでって言ったよね・・・」

有紀子の言葉を無視して、俺は話を続けた。

「雪女は、山小屋で茂作老人を凍死させて殺人。
そして寝たふりをしていた巳之吉を『誰にも言ってはいけない』と脅迫。
その後、身分を隠して巳之吉家に入り込み、しつこく監視をするストーカー防止法違反。もし婚姻届けを出していたら、公正証書原本不実記録・同供用の罪だ。幼い子供を残して去って行くのは、保護責任者遺棄罪だろうな。
だけど、女にこれほどの罪を犯させてしまう、許されざる恋こそが、最も罪深い妖怪なのかもしれないな」

俺はちょっと気取り過ぎたかな、と反省した。
その時、ずっとこちらを睨みつけていた有紀子が、
いきなり大声でののしり始めた。

「言うなって言ったろうが!」

有紀子はドアを開けた。
冷たい外気と一緒に、季節外れの雪が舞い込んできた。

「アタシの言う事が聞けないっていうの?! 言いつけも守れないような男は絶対許さない!別れてやる。もう戻ってこないから! あんたなんか最初っから好きでも何でもなかったのよ!」

有紀子は飛び出し、ドアが大きな音を立てて閉じた。
俺は、急いで後を追ってドアから出ると、マンションの前の道を確かめた。派手な色の高級車に、有紀子が乗り込むところだった。
見覚えがある。弁護士事務所の先輩の車だ。

「やっぱり。あいつだったのか」

車の中でわめいている有紀子の声が、2階上のここまで聞こえた。早く出せと運転席の男に言っているのだ。

「有紀子~。よく聞け!
お前みたいな、ちっちゃな事でも自分の思い通りにならないと、すぐに切れて手が付けられなくなる女なんか、こっちからお断りだ。
お前は雪女みたいに、いや、それ以上に冷たい。冷たすぎる」

走り出した車はすぐに小さくなり、もはや聞こえないことは分かっていたが、俺は叫ばずにはいられなかった。

「浮気がバレそうになった時に、『愛があるなら黙認しろ』って無茶苦茶な脅迫をしたな。その上、勝手に婚姻届けまで出そうとした。妻のふりして俺の通帳の金を下ろそうとしたんだろう。
しかしな、お前は何をするにも雑で、すぐ底が割れるんだよ! 子猫のテーミスを拾ってきたのも、自分の優しさをアピールする為だろう。おまけに保護責任者遺棄だ。俺のいないところでは、まるっきり世話を焼かないで放置して、ひどく飢えさせていたのに気付かないとでも思ったのか。
お前が先輩に乗り換えようとしていたのも、俺はうすうす気づいていたんだ。せめてお前から家を出て行くようにして、子供じみた別れの言葉まで言わせてやったのは、俺の最後の思いやりだ。イケメンにわがまま放題して追い出されて戻ってきても、今度はドアを開けてやらないからな。
もう、どこへでも行きやがれ!」

言い終わった俺は、その場に崩れ落ちるようにしゃがみ、声を上げて泣いた。部屋の中から出てきたテーミスが、俺の足にすり寄り、心配そうにニャーと鳴いた。

                おわり

七不思議シリーズの二本目は、妖怪たちと法律の話。
ちょっと息が苦しくなるような、すぐ切れる女性を描いてみたくて書いたけど、こういうキャラは結構書いている方もとても苦しいですね。
テーミスはせめてもの救いです。

この先、もう少し手を加えていきたいと思います。
法律の専門家の方がいらしたら、妖怪の罪の可能性について、お教えいただけると幸いです。


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