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番外編「個人的ラブストーリー ALL TIME ベストテン」~オヤジなのに心は乙女と言われたって構やしないぜ、胸キュン大好きなんだから~

 私的な ALL TIME 映画ベストテンへの皆様のご厚情に感謝し、今度はラブストーリ―に絞り込んでのベストテンを思い立ちました。調子に乗ってホラーやらSFとジャンルを絞っての選出も面白いかな、とも考えだしております。なにしろ生来涙もろく、胸キュンならばお馬鹿なボーイ・ミーツ・ガールものでも大好きな事実を、恥ずかしがらず公言致します。無論現時点までのリストですが。順不同とさせて下さい。

「恋に落ちて」
「ラヴソング」
「追憶」
「猟奇的な彼女」
「きみに読む物語」
「街の灯」
「ゴースト ニューヨークの幻」
「タイタニック」
「約束」
「ひまわり」       以上

メイシーズ百貨店とリゾーリ書店へ行きたいね

「恋に落ちて」1984年 希代の名優である2大スター、ロバート・デ・ニーロとメリル・ストリープの共演で名匠ウール・グロスバードの監督作。あの「アラビアのロレンス」の巨匠デヴィッド・リーン監督による「逢びき」1945年 を下敷きとした、良識ある大人の切ない寓話です。なにも不倫を正当化したいわけではありませんが、心に灯ってしまった炎の行方と波打つ琴線に共感を寄せられるには、確かな演出と傑出した演技が欠かせません。ニューヨーク・マンハッタンの活力ある描写と、クリスマスに始まりクリスマスで終わる一年間の切ないドラマです。ジャズ畑のデイヴ・グルーシンによる音楽がまた傑出したもので、押さえようのない感情を丁寧に描写しています。土壇場で「I can't I can't sorry」と詫びを口にする女モリ―に戸惑いつつも受け入れる男フランク。これでもって「何もなかった」と告白するフランクに対する妻アンは「よけいに悪いわ」と手厳しい。この辺りの妻の心情は初公開時には正直違和感しかなかったけれど、私も馬齢を重ねたせいか今では十分に分かってしまうのです。それぞれの友人に名優ハーヴェイ・カイテルと後にオスカー獲得まで昇り詰めるダイアン・ウィーストを配し、客観と煽るような応援で恋の行方を彩ります。

じれったい程すれ違いが胸をかきむしります

「ラヴソング」1996年 原題「甜蜜蜜」自由でまともだった頃の香港映画、ピーター・チャン監督、レオン・ライとマギー・チャン主演の典型的すれ違いメロドラマの傑作です。昭和の歌姫テレサ・テンの曲名が原題で、のみならず彼女の歌唱による名曲をふんだんに盛り込み、メロドラマを一段と深く感傷的に描きます。ともに大陸(中国本土)から別世界である香港に夢を抱いた男シウクワンと女レイキウの、出会いから幾度となく訪れる偶然とすれ違いによる生々流転を描き、10年を超える歳月を経て遂にニューヨークで再会するまでを描く。実は最初から・・・の運命の悪戯が素晴らしく胸を激しく締め付けます。流れるままの少年っぽい男の受動態と流れに抗う女の行動力による能動態との衝突が見所で、コメディ・タッチとのバランスが見事なのです。当時は演歌もちと苦手でしたが、本作でのテレサ・テン自身の名唱と画面のシチュエーションとのシンクロが圧巻です。正月にテレサのカセットテープ販売で一儲けを目論むも、大陸と香港との嗜好の違いに翻弄され、その夜を共にする際の作劇が実に素晴らしい。帰り際寒いからと分厚いコートの沢山のボタンを締めてやったのに、一瞬で炎が灯ってしまい、今度は脱がすのに一苦労のシーン、練り込んだ脚本と演出の成果です。

レッドフォードの白い軍服姿に映画館で女の子がキュン死でした

「追憶」1973年 現在は米国エンターテインメント業界の大御所となってしまったバーブラ・ストライサンド。アカデミー賞のみならず、ゴールデングローブ賞(映画)、エミー賞(テレビ番組)、グラミー賞(音楽賞)、およびトニー賞(ステージ)のすべてを受賞しているので当然ですが。「ウエスト・サイド物語」(1957年)を創作した名脚本家アーサー・ローレンツは「I Can Get It for You Wholesale」1962年でバーブラをブロードウェイに起用、その縁で本作の脚本を創作。監督はシドニー・ポラックで相手役があのロバート・レッドフォード。云わずと知れたあの名曲とともにビターなラブストーリーとして大ヒットしました。30年代後半の学生時代からルーズベルト大統領の戦中、そして戦後のハリウッドでの赤狩りを経てテレビの時代までを描く。もとより水と油ではあるけれど、互いを補い合えると期待し愛し合ってしまった男ハベルと女ケイティ。けれど激動の時代は容赦なく2人の建設的愛を蝕んでゆく、愛し合っているからこそ別れる決意に至る。秀逸なのはラストシーン、ニューヨークで偶然に再会した2人、交わす言葉は少なく、男の髪を直す細やかな仕草に総てが込められる。男には新たな妻がいる、男が聞く「どう?」女が答える「わいわいと夫とやってるわ」と気丈に答えるが、多分虚勢を張った嘘でしょう。愛の苦さの名ラストシーンでした。

本作も曲が素敵でCDまで持ってます

「猟奇的な彼女」2001年 「JSA」2000年で韓国映画が一挙ブームとなった時に突然現れたラブコメでそのタイトルと人気爆発となった作品。監督・脚本はクァク・ジェヨン、主役の美女役にチョン・ジヒョン、気のいい被虐大学生役に チャ・テヒョン。そのころ一般に拡がりだしたパソコン通信によるストーリーが本になり映画に。ストーリーは二転三転の入り組んだ構造で、ほとんどコメディでさんざ笑わせるものの、タイムカプセルの秘密あたりから一挙に切ないモードに昇華、真実が明らかになりジワーっと心に沁みるのです。ワンレンなんてもう死語でしょうが、ストレートヘアをかきあげる美女(なんと役の名前がない)であれば、男キョヌは平伏すのみを証明するような映画、私だってそうするしかないでしょうね。。いささか辻褄のあわない個所も気になりますが、結果的には純情に心がホクホクするのです。もとより無理無理な設定をごく自然に観客に納得させられる技量は見事なもので、韓国映画のみならずK-POPも含めたエンターテインメントが世界マーケットに拡がる時の名作です。ちなみに「冬のソナタ」は2003年です。

ラブコメの女王はやはりブロンドでなければね

「きみに読む物語」1997年 個性派監督のジョン・カサヴェテスと「グロリア」1980年が強烈な強い女優のジーナ・ローランズの息子ニック・カサヴェテスの監督作、ったって彼ももう64歳とは衝撃ですが。主演は今や絶好調のライアン・ゴズリングとラブコメの女王と言って過言ではないレイチェル・マクアダムスの共演。数多知られるように、この2人撮影時は犬猿の仲だったとか、しかし映画を地で行くように次第に打ち解け終了後には付き合うまでに(無論数年で破局とか)。到底本作の熱烈ラブシーンからは露も伺い知れぬプロ根性ですが。良家のお嬢様アリーに労働者階級の青年アリは到底ダメと、両親の妨害そして戦争による障害を乗り越えての、当然のハッピーエンドのメロドラマ。ですが、瑞々しい描写と巧妙な設定が活き、涙無くして観られない名作に仕上がった。本を読むモチーフが全編を貫き、冒頭とラストに人生の黄昏の2人として、監督の母親であるジーナ・ローランズと、1960年代以降のアメリカン・ヒーローを担った大スターのジェームズ・ガーナーが登場し作品に品格を与えた。勿体ぶらずヒリヒリと観客の琴線を揺さぶる、素晴らしいエンターテインメントです。

トーキー時代に突入してもパントマイム芸に固執したチャップリン、映像だけで分らしめる彼がモンタージュの世界を切り開いたのは確かです

「街の灯」1931年 喜劇王チャールズ・チャップリンが監督・脚本・製作・主演の超名作。無論コメディ映画の範疇ですが全編を貫くのは純愛そのものです。原題 City Lights に追加しコメディ・ロマンス・イン・パントマイムと記されてますからラブストーリーなのは確かです。浮浪者と盲目の花売り娘のストーリーとあらば狙った感は避けられませんが、天才チャップリンの天井知らずの完璧主義により希代の名作となった。紆余屈折のコメディーシーンの精緻なこと、サラリと見過ごすシーンとて今では考えられない程の労力を費やして幾度となくテイクを重ねたとのこと。本作の製作に3年を要したのもむべなるかな。貧乏人がいれば金持ちもいる、それも飛び切りの富豪が登場し本作のバランスをとる。酔うと人格が変わるシチュエーションの繰り返しによるコメディ作劇が活かされます。本作も究極の見せ場はラストシーンにあり、視力を回復した娘が、立ちすくむみすぼらしい浮浪者に、哀れを覚え一輪の花と小銭を手渡す、その手と手が触れた瞬間に娘は善意の紳士を思い出し「あなたでしたの?」。喜びと照れと困惑が交じり合ったチャップリンの表情が天下一品、映画史に残る名演です。

お化けを怖いものから近しいものへの転換をした画期的作品

「ゴースト ニューヨークの幻」1990年 「カラーパープル」1985年で出世し、本作でアカデミー賞を獲得し、以降ウーピー・ゴールドバーグは大御所扱いとなり多数のブラック系良心作を制作するに至る。とは言え本作では助演で主役はパトリック・スウェイジとデミ・ムーア、監督はハチャメチャコメディ路線のジェリー・ザッカー。ゴーストが恐ろしいものではなく現生の者達の味方をすると言う設定が素晴らしく、その意味でも脚本を創作したブルース・ジョエル・ルービンの功績は大きく、当然にアカデミーの脚本賞を受賞しています。女モリ―の趣味である陶芸のろくろでのシーン、彼喪失の悲嘆にくれるモリ―の背後からゴーストであるサムが一緒に手を添える。ここにライチャス・ブラザーズの「アンチェインド・メロディ」が被さり、切なさがピークに達する名場面。エクスタシーに達する表情とともに妙にエロチックでもありました。対するウーピーはオダ=メイなる怪しげな霊媒師に扮するも次第に現生とのパイプ役を担い、笑って泣いての大活躍。泣きと笑いは実に表裏一体だと、教えてくれました。

主演の2人も大スターに成長しオスカーもそれぞれに獲得です

「タイタニック」1997年 ジェームズ・キャメロンが監督・脚本・共同製作・共同編集した「世紀の恋」を描く。言うまでもなく主演はレオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレット。今も大西洋に沈むタイタニックに関する映画は過去パニックもしくはディザスターとしてありましたが、真正面からのラブストーリーとして描くのは意外や最初かもです。「ターミネーター」「エイリアン」「アビス」で名実ともに評価を確立したキャメロンが私財を投げ打って制作した巨編です。あまりの製作費におののいた20世紀フォックスが心配のあまり完成まじかにパラマウントに共同出資を持ちかけてしまった。これほどの超絶ヒットになろうとは誰一人思ってなく、結果的に利益の半分をパラマウントに取られ口惜しかったでしょうねフォックスは。なにしろ「天国の門」1980年には巨額の製作費がまるで回収出来ず制作のスタジオであるユナイテッド・アーチストが倒産に追い込まれてしまった事例がありましたから仕方ありませんね。アカデミー賞では14部門にノミネートされ、作品賞と監督賞を含む11部門を受賞、「ベン・ハー」1959年と並ぶ最多受賞となり、授賞式でキャメロンは劇中のディカプリオのセリフ「I am the king of the world」と叫び歓びを爆発。セリーヌ・ディオンが力強く歌う「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」も大ヒット、当たるか否か、映画も相当な博打なのです。

ショーケン自然体のチャラさが活きました、私生活もチャラいのが難でしたが

「約束」1972年 松竹映画、主演は岸惠子と萩原健一。「旅の重さ」1972年、「津軽じょんがら節」1973年で絶好調の斎藤耕一の監督作品。従来の邦画とは一線を画す流麗な画面が魅力が斉藤監督のポイントです。ちょうどフランスの名画「男と女」1966年 を監督したクロード・ルルーシュ調のように、セリフは抑えめ感傷的な伴奏音楽とリンクした映像で物語るタイプ。当時は日本海側を「裏日本」なんて侮辱的に呼称してました、東海道側を表としての反対側は陰のイメージが強く、本作の舞台となったのもそのイメージの為。多くが列車の客車が主舞台で、なんでもない普通の風景やら市井の人々の生活情景を背景に、仮出所した女囚と刑事に追われる強盗犯がまるで意識的に排除されたような異空間に取り残されたような描写が切ない。情報を小出しにするサスペンス演出も功を奏し、観客を引き込むパワーは素晴らしい。無邪気に子犬のように懐く男が可愛く、もうすがるべき相手もいない女の硬い心も徐々に溶けてゆく。編中2回の約束が出てくる、それが反故にされようとも信じたい気持ちが勝る切なさがスクリーン一杯に拡がります。なにしろ、おフランスの香りたっぷりな岸がたとえほぼノーメイクの年相応としても、隠しようのない女の香りが漂う。アイドルからドラマで人気上昇のショーケンをよくぞ選んだ監督の慧眼は凄い、細身の躯体にロングコートをまとい圧倒的なイケメン顔を歪めれば、手を差し伸べたくなりましょう。鉄格子をはさんで「2年後の今日よ!」とすがる女が哀れ。

こんな愛情深い奥さんだったら、ちょっとした事でも殺されそう

「ひまわり」1970年 イタリアの至宝ヴィットリオ・デ・シーカ監督、主演は大ベテランのソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニの黄金コンビ。脇役ですがソビエト連邦(現独裁国家ロシア)の国家的超大作「戦争と平和」に主演したロシア美人女優リュドミラ・サベーリエワが悲劇の元となる配役に。辺り一面のひまわり畑はウクライナでのロケによるもの。本作でもセリフで言う「この畑の下には多くの兵隊が眠っている」と、ここで言う兵士とは世界大戦による犠牲者ですが、現在は多くのウクライナ兵の現実に歴史は繰り返すをつくづく思う。ナポリを舞台にイタリア女のド根性丸出しの女ジョバンナとアフリカ戦線行きを控えた男アントニオの悲恋。撮影時ローレンは既に30代半ば、マストロヤンニに至っては40代半ばと、前半のいちゃつきカップルにしては少々無理がありますが。なんとも強力な愛し合い方に国民性とは言え驚きを超えてしまう。ジョバンナの気性の強さはローレンだからこそ違和感なく観られますが、対するサベーリエワが控えめの極みだからこそ余計にそう感ずるのですが。待てど暮らせど帰らぬ夫への切なさと、空白を埋める時間は無情にも人の心すら変えてしまう、現実を知ったジョバンナの鳴き声は今も耳に残ります。ヘンリー・マンシーニの名曲とともに、戦争で損をするのはつくづく市民だと言うことを心に刻みます。

LOVE STORY まだまだありますが・・・

 以上10作品ですが、到底収まらないのです。ただ、良質なラブストーリーの多くは素晴らしい曲なり伴奏が必須なのが明確になりました。感極まれば当然に涙に繋がる。しかし逆に観客の涙を狙ったら多くの場合失敗に終わります。その微妙な匙加減が映画エンターテイメントの技術でもあるのです。実を申せば近年真正面からのラブストーリーは減少傾向にあります。まるで一段低い位置と勘違いされてるようですが、人間の機知を描く高等テクニックはラブストーリーにしか描けないはず。飽きることなく作り続けてほしいものです。

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