03_c白水堰堤全景

03|白水堰堤(大分県竹田市)

<技術の手触り> 土木学会誌2013年3月号表紙

 山あいの農地を潤すための湖水が、天端のアールを越えながら空気を含んで白い泡となり、微妙な文様を描いて斜面を滑り降りる。階段状に分かれた流れは、お互いの勢いを弱めあい、やがて透明さを取り戻す。今号は豊かな落水表情から多くの人びとに「日本一美しいダム」と評されている『白水堰堤』に迫る。

 この堰堤は1938(昭和13)年に竣工した。設計・監督の中心的役割を果たしたのは、大分県の農林技手だった小野安夫である。もともとこの地域に精通していた小野が抱えていた大きな課題は、ダム建設にはあまり適していない軟弱な地盤に対して、いかに水圧のかからない構造物を建設するかであった。そうした難題を乗り越えるために、この堰堤の特徴である右岸側の曲面護岸や左岸側の階段状護岸が生み出された。しかもそれらを緻密にかつ美的にまとめ上げたことで、後にきわめて高い評価を得ることになったと言えよう。

 現地は大分市からも熊本市からも車で2時間以上かかる人里離れた山間地であり、多くの人に見られる立地環境ではない。それにもかかわらず、美しい外観が実現されているのはなぜだろうか。地元の技術者だった小野は、じっくりと腰を据えて計画、設計、施工に一貫して取り組みながら、ものづくりの当然の責務として外観へのこだわりも強く持っていたのではないだろうか。現在のシステムは戦後復興や高度経済成長において求められた効率を優先する分業体制がベースになっているが、それが行き過ぎてしまうと高コストになるだけでなく、高いクオリティを生み出すことが難しくなってしまうことを、きわめて丁寧につくられた白水堰堤を通じてあらためて感じる。

 なお「土木コレクション」におけるパネルには、小野自身が撮影した工事記録写真が掲載されており、当時の現場の雰囲気を垣間見ることができる。

文・写真:八馬 智 HACHIMA Satoshi
取材協力:富士緒井路土地改良区

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