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(短編ふう)視線、感じる。

人手不足なのか、仕上げた本人が白い厨房姿でテーブルまで運んだ。

「きた、きた。」
「明太濃厚カルボナーラ大盛の方、…」
料理人は、向かい合って座る二人を見比べる。
「あたし、です。」
窓側に座って店内を向いた女性が、軽く左手を上げた。
幼顔の美人だ。

トン、と小さな振動があり、薄緑の格子模様が入ったテーブルクロスの上に置かれる。
女性が胸の前で軽く音のない拍手をして迎えたので、誇らしさを感じたのは料理人ばかりではない。

背の高い青年が向かいの女性の後ろを案内されていく。
チラリとこちらを見て行った。
もうひとりの女性はクールビューティー。青年の目にも艶やかなキューティクルリングが映ったにちがいない。

テーブルには既に流線型をしたふたつのグラスがすっくと立っていた。
窓からの陽光に、炭酸の細かな水泡がキラキラキラと踊っていた。
ふたつとも既に半分ほど減っている。

料理人と入れ替わりに、別の店員によってカロリー低めの和風パスタが運ばれてきた。
「なんで、カルボナーラにしないの? 好きだったでしょ?」
ベビーフェイスが不思議そうに言う。
「だって、ちょっと、照れない?」
え? なぜ、カルボナーラで照れなければならない?
「そういう年頃でしょ?あたしたち。」
それは、どういう年頃か?
「確かに、言われてみれば…」
おいおい、なぜ、同意するか。
到底、賛同しかねる。
「恥ずかしかったかな。あたし…」
さっそく口に運ぼうとしていた手に、若干ためらう気配が生じた。
濃厚なカルボナーラのソースがとろりと絡んだ麺が巻きついたフォークの先を見つめる。なるべくソースをしっかり味わえるように、それはスプーンの上に添えられていた。
食欲をそそる高カロリーの塊。
よく鍛えられた筋肉がそうであるように、迷いのない美しさを発しているはずである。鍛えすぎたか?という迷いがあり得ないように、カロリー高すぎちゃった?という迷いなど存在しないのだ。
「ごめん。そんなことないよ。そこまでのことじゃないし。」
「だよね。」
フォークが回転を再開し、あっけなく元気が復活するのを感じた。
「逆にうらやましい。さやかの太らない体質。全然変わらないじゃない。」
ベビーフェイスは、さやか、というらしい。
「まなみだって。変わらないよ。って言うか、きれいになってない?」
クールビューティーは、まなみ、だ。
「え、そう?」
まなみは、そう言われてまんざらでもないようである。
というより、むしろ、最初からその方向に話題を振りたかった様相すらある。
「そんなことないよ。部活卒業してから、太っちゃったし。」
「えー、そんなことないよぉ」
「いやー、スタイルいいし、きれいになったよ。」
会話は、まなみのシナリオ通りに進んでいる。
しかし、そろそろこの話は、区切って頂かないと冷めてしまう。
できるだけ完璧な状態でご賞味頂きたい。

しばし、美味でさやかの口を塞ぐ。

ね、
すると、まなみが囁いて目くばせした。
冷えてしまう前に食べきろう、というさやかの意思をフォーク運びから感じ取れていたところだった。
「あのひと、カッコよくない?」
気づかれないように目線だけ左に寄せて友人の視線を誘う。
ひとつ空席を置いた隣のテーブルに、先ほど案内された青年が座っている。窓に背を向けて、ひとり、やや逆光の中にいる。
さやかの位置からは、ちょっと身体を向けないと見えない。
「目黒蓮に似てるかんじ…」
「え?」
「見える?」
さやかがおそるおそる首を回して彼を伺ってから戻した。
「見えた、見えた。確かにそんな雰囲気。本人?」
「ないない、そこまで似てない。」
「モニタリング、とか。」
モニタリングの意味は分かりかねたが、二人は店内を探るように見回した。
「違うね。」
と同時に言い合って、何がおかしいのか肩をすくめてふたりで笑う。
しかし、目黒蓮ふう青年への興味がそのまま尽きてしまった様子はなかった。
「さっきから、チラチラ、こっちみてくるのよ。」
まなみは顔左半分の全神経をつかって彼の様子を感じ取っているようだった。
「マジ?」
「ほら。」
「ほんとだ。まなみ、見られてるよ。」
「あたし?」
「たぶん。」
まなみはそっとコンパトを取り出して前髪を点検した。
それを見たさやかは、大方減った自分のカルボナーラを見下ろした後、念のため、ナプキンをとって口元を拭った。

たしかに、私もだいぶ前から彼の視線を感じていた。

チラ。
青年がこちらをみる気配が伝わった。

チラリ。
青年はやや長くこちらの様子を伺ったようだ。

「いま、さやかの方、見たよ。」
「あたし?」
「うん。」
さやかは、青年の方を確かめてみた。
流線型のグラスをそっと上げて、それを口もとへもっていくふりをして身体を回す。
「!」
目が合った。
慌てて目をそらす。
青年の方も、バツが悪そうに視線を外した。
さやかは口に含んだ炭酸水を吹き出しそうになるのを堪える。
「やったじゃない! 声掛けられたらどうする?」
「ない、ない、ないって」
「そうかな? でも、あったらどうする?」
これは、無声映画の中のようなふたりだ。
しかし、ふたりの興奮を余所に、わたしはその間、徐々に冷めていくのを感じていた。

「すみません!」
その時、青年が声を上げた。

「はい!」
さやかと同時に、近くにいた店員が反応した。
店員が、彼のテーブルに行って、二人の視線を遮ってしまう。
「明太濃厚カルボナーラ、下さい。ぼく大盛で。」
青年の声が聞こえる。

さやかの「はい!」は、緊張でかすれていたので、青年にはとどどかなかったようである。

、って言ってたよね。」
と、まなみが耳打ちする。

さやかは大皿に視線を落として、残りの麺にフォークを立てた。

私は、自分の魅力を改めて実感し、内側からじんわりと熱が戻ってくるのを感じた。
我こそが罪つくりな逸品である。
乙女が照れる高カロリー。
さあ。最後のひとくち。温かい内に召し上がれ。

―了―

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