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【めりけんじゃっぷ】第2話 懐かしの助手席と思いつきの第一声

第1話 別れの儀式と菓子箱の匂い



現地コーディネーター1人、運転席にはこれから僕たちの世話をしてくれる先生。女子6人男子3人。

(男は3人並んで1番後ろの席だな)

と想像していたマイクロバスの席のフォーメーションは、

『みんなの荷物を後ろから順番に置いていく』という、想像すらしなかったシステムによってあえなく却下となった。

となると、結構せまいな・・

ここから現地まで寝るという神業は、飛行機で味わったよりもさらに窮屈な道中になるであろうその車内では到底繰り出せそうになかった。
そもそも飛行時間のほとんどを睡眠に使い、
「監督、僕、イケます!」と言えるくらいのギンギンの状態で眠れるはずもない。

そこで発動した僕のスキルは、かつて幼稚園の送迎バスの車内で唯一の、絶景かつ隣の園長先生とお話しが出来る権利を得る技。

助手席の奪取。

昨日今日、身に着けた技ではない。ナメてもらっては困る。

今頃になって「席どうしよっか?」的な表情のみんなを横目にいち早く荷物を置き、目指すはあの神々しい特等席。

見ててくれ、園長先生。

完璧に任務を遂行し、達成感モロ出しの僕に向けられたコーディネーターのジェスチャーは、
「え?キミそこに座るの?現地に向かう間、アタシは先生といろいろ打ち合わせをしたいんだけど?」
と言わんばかりの日本で見た海外映画さながらであった。

その状況を運転席で見ていた先生は、これまた海外映画さながらの手を叩きながらの大爆笑。
自分とコーディネーターのコンビを見事分断させた僕に、

「oh !  just like my little boy !」

(あらやだ、アタシの息子みたい笑)

と、分かりやすいようにゆっくりと話しかけながら、「ニカッ」と、いぶし銀のアメリカンスマイルを披露してくれた。


眼前に真っ直ぐ伸びるハイウェイ、

青と緑のパノラマ、

時折目にする英語の看板、

理解不可能のラジオ、

それらが心地よく海外の雰囲気を出す中、後ろの席から聞こえてくる遠足の時の様な耳慣れた日本語は、
運転席の先生とその真後ろのコーディネーターとの会話を必死に聞き取ろうとしている僕をイラつかせた。


先生の顔の表情とハンドルさばきが明らかに地元色を帯びた時、僕は少し後ろに倒していた座席を元に戻した。

ほどなく見えてきた質素な白の小さな建物の敷地に入ると、それまで通ってきた街並みとは異次元の人だかりが現れた。

留学生9人を預かる各家庭の家族達だ。

と同時に思い出した事。しまった…

飛行機で考えようとしていた最初の挨拶案。

荷物を降ろし建物に入り、先生が簡単な歓迎のスピーチをする中、名案を出せないまま写真の家族を探した。

あっさりスピーチが終わり、さっそく各自家族と共に解散の雰囲気。

いつの間にか後ろにいた一人の女性。

『maryメアリー』だ。

完璧な女性版ケントデリカットが満面の笑みを浮かべて手を広げている。

未だに第一声のアイデアはないものの彼女の方へ足を運ぶ。

いい人全開の雰囲気を受け取った僕に突如降臨した言葉は

「Hi Mom!」
(自分的には『うっす!母ちゃん!』)だった。

バスに乗り込んだ時の先生が見せた大爆笑とは比較にならない程の豪快なリアクションと、
振り乱したカーリーヘアーからあの菓子箱の香りを放ちながら

「Bingo!!」

と言ってムギューっと僕を抱きしめ、なぜか横にいる腹を抱えて笑う先生とハイタッチをしている。

メアリーが僕をお気に召す事を悟っていたかのように
先生は「I knew it 」と言って本日2度目の「ニカッ」を見せた。

他の留学生とその家族とが醸し出す絶妙な緊張感をよそに、僕達はいきなりの盛り上がりを見せた。

どうやら上々の滑り出しのようだ。

今日からよろしく。mary母ちゃん。


第3話「ナイフと昼寝と食後の秘密」

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