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取り込むこと

彼女はフォークを右手に持ち、無慈悲に力を込めた。意識が銀の鋭い先端に集まり、赤い肉の中に押し入れられる。
ず......、とフォークの先が肉の中へ埋まり込む。
そして肉に穿たれた穴が今度はフォークを咥えて離さず、そのまま持ち上げられた。ピンク色の滲んだ脂が滴る。

僕は彼女が肉を食べるのをじっと見ていた。彼女は気にせず、美味そうに皿の上の食物を口へ運ぶ。
白い皿の上にはローストビーフとアボカドがひと口大に切られ盛り付けてある。彼女はそれらを交互に食した。

彼女は品よく口を閉じて肉を頬張っているため、口腔内で何が起こっているかは分からなかった。僕は口の中の肉のありさまを想像した。
フォークによって刺し運ばれた肉は、舌の上へ乗せられる。舌は欲望と期待に蠕動し、微妙な動きで肉を撫でくすぐり、それの持つ味を税関のごとく見つけていくだろう。肉は無抵抗のまま、ただ転がされ、ところどころを舐めまわされるのみである。
そうしてぬるぬると愛撫を受けたのち、唐突に鋭いものが肉に突き刺さる。肉はうめくことなく、身体へ鋭いものが入り込む音に耳を澄ます。それは肉の繊維のあいだを縫い、幾度の咀嚼により刻み、引き裂く。舌はいよいよ興奮に震え、その表皮を這う。

ぐむ.......ぐむ......。彼女は幸せそうに肉を咀嚼し、嚥み下した。そして次の狙いへとフォークの先を動かす。陶製の皿と鋭い金属がこすれ、キィ、と音が鳴った。
彼女は鷹の瞳で上空を飛びながら、欲求に燃える鋭利な目つきで地上を見下ろしている。逃げ隠れる獲物の怯えを鷹は見逃さない。翼の傾きを僅かに変化させると、真っ直ぐ白い地表へ降下した。

アボカドの背にフォークが突き刺さる。ぬるり。声無きうめき声をあげたアボカドは、鋭いものが挿し込まれる激感に悶えつつ、口の中へ消えた。
やはり彼女は口を閉じたままそれを噛む。アボカドは絶叫しているだろうか。それとも固く口を閉じ、噛み砕かれる身に思いを馳せているのだろうか。もしくは、彼女の血肉になれることに至福を感じているだろうか......。
全ては柔らかな唇の内で起こることであり、僕には分からない。最後の門の向こう側について、生者は一切のことを知ることはできない。

僕はあまり空腹ではなかったので、肉とアボカドをふた切れずつつまみ、残りを彼女に譲った。
僕が熱い紅茶を少しずつ啜るのと並行して、それらはなくなっていった。皿の上には赤と黄緑色の痕跡のみが生々しく残った。

*

ひとり目を覚まし、後頭部に毛の長い絨毯の柔らかさを感じる。僕らは食べ終わった食器をそのままに、抱き合って眠っていた。僅かに開くカーテンの狭間をすり抜け、街灯の光と宵の闇が音を立てず部屋へ忍び込む。コーヒーゼリーのように滑らかな夜空には、ひとつとして星が無い。
部屋へ侵入した灯りはオレンジ色に僕の裸を照らした。肩に刻まれた、歯形の影が浮かび上がる。
艶やかな白い歯が肌に食い込んだとき、僕はあのアボカドや肉とともに、門の前にひざまずく餐品に過ぎなかった。口が開き、たくさんの捧げ物が奥の間へと消えてゆく。

そうしてまた僕らはひとつに近づいた。

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