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【詩】私のソラリスー浮遊する記憶

私のソラリスー浮遊する記憶

私のソラリスー浮遊する記憶 

   それなら、やはり、これから何年も・・・彼女の息をまだ覚えている
   空気の中で過ごすべきなのだろうか?いったい 何のために?                                       
               スタニスワフ・レム 「ソラリス」より

渦星雲のように蒼白く蛍光し
その夜はいやに長く
いく粒の震え瞬く弦のように
記憶を降らせていた

髪のように海面がうねるし
風も又透明な髪のように
見えてしかたなかった

「何がして欲しいんだ?」

なんでもないのです
なんでもないのです

きれぎれになった女の声が
軒に引っかかった海賊旗の襤褸布のように
時間のはざまではためいている

肩は
闇では
殊に夏の闇では
記憶に濾過され
白くほっそりとした帯紐となり
蒼い半透明の膜の向こうに
後ろ向きで、あたかも震え泣くように
揺らいでいるのだった

見捨ててきたのか
拾ってきたのか

湾の波打ち際に積み重なったお前の幾体もの堅い胴部
目の前の夏に散らばっていた薔薇色の踵
知られたくない記憶のそれらの手足はもぎ取られ
誰かのキッチンの冷蔵庫に眠っているにちがいなかった

私を愛してるですって、
        ぶたれたほうがましよ

ああ カモメか お前の声か
女の声だったのは
ああ 湾岸を走る列車の軋轢音だったのか
母の歯ぎしりの様なあの
震える蒼白の肩めいた発光体のざわめきは

それらは
救いを求めない
救われない声というか波というか 
それらはとにかく無限の単数形のそれらは
きれぎれの粒子の羽によって
氷点下の真夏の天体に
いつまでも いつまでも
哀しく浮遊していたのだった


※「私を愛してるですって、ぶたれたほうがましよ」は「ソラリス」(スタ
 ニスワフ・レム)からの引用。

#詩 #現代詩 #ソラリス #映画


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