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バラク・オバマ、ビル・ゲイツ推薦『世界から青空がなくなる日』試し読み

1/26刊行『世界から青空がなくなる日:自然を操作するテクノロジーと人新世の未来』から試し読みをお届けします!
本書は『6度目の大絶滅』でピュリッツァー賞(ノンフィクション部門)を受賞したベストセラー作家、エリザベス・コルバートによる待望の最新作になります。

前作『6度目の大絶滅』では、地球上では過去に5度の大量絶滅(5度目は隕石による恐竜などの大絶滅)が起き、私たち人類はいままさに自らの手によって6度目の大量絶滅を引き起こしている「人新世(じんしんせい)」という時代が紹介されました。

本作『世界から青空がなくなる日』では、人間が自然を人工的にコントロールするテクノロジーに着目し、さらにはその影響について考えていきます。
人類はこれまでにも自然をコントロールしようと地球環境に介入してきました。その結果、環境が破壊され、気候変動や生物多様性の危機を招くことになりました。
では、そうした問題に対しどうしようというのでしょうか?
それは、最新のテクノロジーを駆使し、さらなるコントロールを試みようというのです。

・川に電気を流し外来種のコイを操る電気バリア
・温暖化の海を耐え抜くサンゴをつくりだす進化アシスト
・毒を分泌するオオヒキガエルを無毒化する遺伝子ドライブ
・大気中のCO2を回収して石に変えるDAC装置
・空にダイヤモンドをまいて地球を冷やすソーラー・ジオエンジニアリング

これらの技術は本当に自然を救うことができるのでしょうか?
それともさらなる問題を生み出してしまうのでしょうか?

特に注目されているのが、本書のタイトルの元にもなっている「ソーラー・ジオエンジニアリング」。成層圏にダイヤモンドをまいて太陽光を反射し地球を冷やす――この技術によって、私たちは「世界から青空がなくなる日」を迎えることになるかもしれないというのです。

元米国大統領バラク・オバマ、マイクロソフト創業者ビル・ゲイツが「夏の推薦図書」として紹介したことでも話題を呼んだ本作、発売までお楽しみに!

『世界から青空がなくなる日:自然を操作するテクノロジーと人新世の未来』

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火山を模倣する

「火山が何をしているかと言えば、要は成層圏に二酸化硫黄を送りこんでいるんです」とフランク・クエイチュは話した。「そして、それが数週間のタイムスケールで酸化され、硫酸になります」
「硫酸は――」とクエイチュは続ける。「とてもくっつきやすい分子です。ですから、粒子状物質――濃縮された硫酸の滴――をつくりはじめます。たいていは一ミクロン未満です。このエアロゾルは数年のタイムスケールで成層圏にとどまります。そして、太陽光を散乱させて、宇宙に跳ね返します」。その結果が気温の低下、異様な日没、そして場合によっては飢饉というわけだ。

 クエイチュはがっしりとした男性で、こしのない黒髪と快活なドイツ語のアクセントの持ち主だ(ドイツのシュトゥットガルト近郊で育った)。心地よい晩冬のある日、わたしはマサチューセッツ州ケンブリッジにある彼のオフィスを訪ねた。オフィスには彼の子どもたちの写真と、子どもたちの描いた絵が飾られている。化学者として経験を積んだクエイチュは、ビル・ゲイツも出資するハーバード大学のソーラー・ジオエンジニアリング研究プログラムを率いる科学者のひとりだ。

 ソーラー・ジオエンジニアリング(太陽気候工学)――もう少し穏当に「太陽放射管理たいようほうしゃかんり」と呼ばれることもある――の裏にあるのは、火山が世界を冷やせるのなら人間にもできるはず、という考えかただ。途方もない量の反射性粒子を成層圏に投げこめば、地球に届く太陽光が少なくなる。ひいては気温の上昇が止まり――少なくともそれほど上がらなくなり――大惨事を回避できると見込まれている。
 川に電気を流し、齧歯類げっしるいをつくりかえる時代にあってもなお、ソーラー・ジオエンジニアリングは過激だ。「信じられないほど危険」、「地獄へと続く多車線高速道路」、「想像を絶する劇薬」と形容されてきたいっぽうで、「不可避」と言われることもある。

「完全にいかれた、ひどく不安をかきたてる発想だと思っていました」とクエイチュは言う。その意見を変えさせたのは、危惧だった。
「何を心配しているのかというと――10年か15年もすれば、人々が街路に出て、『いますぐ行動を起こせ』と政策決定者に要求するようになるかもしれません」とクエイチュは話した。「わたしたちの抱える二酸化炭素の問題は、いろいろな要素が絡まりあっているので、何をするにしても、すぐにはできません。つまり、迅速に何かしろ、という世間の圧力が生じたときに、成層圏ジオエンジニアリングのほかに使える手段がない、という状況になるのではないかと心配しているんです。そして、その時点で研究をはじめても、遅すぎるかもしれない。なにしろ、成層圏でジオエンジニアリングをするとなれば、きわめて複雑なシステムに干渉するわけですから。この意見に同意しない人が多いことも、つけくわえておきますが」

「研究をはじめた当初は、おかしな話ですが、それほど心配していなかった気がします」と数分後にクエイチュは続けた。「ジオエンジニアリングが現実のものになるという想像が、すごく遠くにあるように思えたからです。でも長年、気候問題にかんしてちっとも行動が起きないのを見ているうちに、ときどきひどく不安に思うようになったんです。現実のものになるかもしれない、と。そのプレッシャーをひしひしと感じています」

成層圏に降るダイヤモンド

 成層圏は、地球の二段目のバルコニーと考えてもいいかもしれない。雲が膨らみ、貿易風が吹き、ハリケーンが荒れくるう対流圏の上、隕石が蒸発する中間圏の下に位置する。成層圏の高度は季節と場所によって変わる。ごくおおざっぱに言うと、赤道では成層圏の最下層は地表からおよそ18キロ上空、極地域ではそれよりもずっと低い、地表から10キロほど上空にあたる。気候工学(ジオエンジニアリング)の観点からすると、成層圏の重要な点は、安定していて――対流圏よりもはるかに安定している――ほどほどに近づきやすくもあることだ。民間ジェット機は乱気流を避けるためにしばしば下部成層圏を飛ぶし、偵察機は地対空ミサイルを避けるために中部成層圏まで上昇する。熱帯上空で成層圏に投入された物質は、傾向からすると、極地域に向かって漂ってから、数年後に落下して地表に戻ることになる。

 ソーラー・ジオエンジニアリングのポイントは、地球に到達する太陽からのエネルギー量を減らすことにある。したがって、少なくとも原理上は、どんな種類の反射性粒子でもかまわない。「考えられる最善の物質は、おそらくダイヤモンドでしょう」とクエイチュは話す。「ダイヤモンドは実際、エネルギーをいっさい吸収しません。ですから、成層圏の力学に生じる変化を最小限に抑えられるはずです。それに、ダイヤモンドそのものも、反応性がきわめて低い。高価だという点は――わたしにはどうでもいいことです。それが大きな問題の解決策になる、だから大規模なエンジニアリングが必要だというのなら、その方法を見つけ出すまでです」。小さなダイヤモンドを成層圏に放つ。それはどこか魔法を思わせた。世界に妖精の粉を振りかけるような。
「ただ、考えなければならない点のひとつは、その物質が全部、また落ちてくることです」とクエイチュは続けた。「つまり、その小さなダイヤモンド粒子を人間が吸いこんでしまうかもしれません。ごくごく微量なので、問題にはならないでしょう。とはいえ、実を言えばわたしも、このアイデアはあまり気に入りません」

 別の選択肢は、火山を徹底的にまねて、二酸化硫黄をまくことだ。これにもやはり、いくつかのマイナス面がある。成層圏に二酸化硫黄を注入すると、酸性雨の原因になる。さらに深刻な問題として、オゾン層を破壊するおそれもある。一九九一年のフィリピン・ピナツボ火山の噴火後には、地球の気温が一時的に0.6℃ほど下がった。熱帯域では、下部成層圏のオゾン濃度が最大三分の一の幅で低下した。
「こういう言いかたはよくないかもしれませんが、その悪魔のことなら、わたしたちはもう知っています」とクエイチュは言う。
 
 使える可能性のあるあらゆる物質のうち、クエイチュがもっとも熱を入れているものが炭酸カルシウムだ。炭酸カルシウムはさまざまな形をとり、いたるところに姿を現す――サンゴ礁に、玄武岩の穴のなかに、海底の軟泥に。世界にとりわけ多く存在する堆積岩、石灰岩の主成分でもある。「わたしたちが暮らす対流圏には、大量の石灰岩の塵が風に舞っています」とクエイチュは指摘した。「その点で、魅力的な選択肢です」
「光学特性も理想に近い」とクエイチュは続けた。「酸にも溶ける。ですから、二酸化硫黄のようなオゾン層破壊の影響はないと、確信をもって言えます」
 数理モデルでも炭酸カルシウムの利点が裏づけられているとクエイチュは言う。だが、だれかが実際に炭酸カルシウムを成層圏に放りこんでみるまでは、そのモデルがどこまで信用できるかを判断するのは難しい。「これにかんしては、とにかく進んでみるしかないんです」とクエイチュは話した。

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青空が白くなる

 ジオエンジニアリングは、メールで注文したキットを使って自宅キッチンでできるようなものではない。とはいえ、世界を変えるプロジェクトにしては、驚くほど簡単という印象を受ける。エアロゾルを送りこむ最善の方法は、おそらく航空機を使うやりかただろう。その場合、高度およそ18キロメートルに到達でき、20トンほどの荷を運べる飛行機が必要になる。「成層圏エアロゾル注入ロフター(SAIL)」と呼ばれるそうした飛行機の構造を検証した研究者らは、開発費用はおよそ二五億ドルになると結論づけている 。大金に思えるかもしれないが、10年あまりで生産終了となった「スーパージャンボ」ことA380の開発にエアバス社が投じた額の10分の1程度にすぎない。SAILの編隊を配備するとなれば、10年につきさらに200億ドル前後の費用がかかる。これもやはり鼻で笑える額ではないが、世界は目下、毎年その300倍超の資金を化石燃料関連の助成金として費やしている。

「そうしたプログラムを開始するだけの専門技術と資金の両方を有する国は、数十か国にのぼるだろう」と前述の試算をした研究者――イェール大学講師のウェイク・スミスとニューヨーク大学教授のゲルノット・ワグナー――は述べている。ソーラー・ジオエンジニアリングは比較的安いというだけでなく、スピーディでもある。SAILの編隊が稼働しはじめたら、ほとんど即座に冷えはじめるはずだ(タンボラ山の噴火では、一年半後にニューイングランドのキュウリが凍った)。クエイチュが言ったように、気候変動にかんして「迅速に何かする」のなら、この方法しかない。

 だが、SAILの編隊が手っとりばやい割安な解決策に見えるとしたら、その理由はおもに、そもそも解決策ではないことにある。この技術で対処できるのは温暖化の症状であって、原因ではない。そうしたことから、ジオエンジニアリングはメサドン〔ヘロインと同じオピオイド系の薬物〕によるヘロイン依存症治療になぞらえられてきたが、おそらくさらにしっくりくる比喩は、アンフェタミン〔鎮静作用のあるオピオイド系麻薬とは異なる、興奮作用のある覚醒剤〕によるヘロイン依存症治療だろう。行きつく先は、ひとつの依存症にかわる、ふたつの依存症だ。

 炭酸カルシウムにしても硫酸塩(もしくはダイヤモンド)にしても、成層圏に投入した粒子は二年ほどしたら地表に落下するため、絶えず補充する必要がある。SAILを数十年にわたって飛ばしつづけたあと、なんらかの理由――戦争、パンデミック、成果に対する不満――で中止したら、地球サイズのオーブンの扉を開けるような効果が生じるだろう。覆い隠されていた温暖化が、急速かつ猛烈に駆けのぼる気温とともに、突如として姿を現すのだ。この現象は「終了ターミネーションショック」と呼ばれている。そのいっぽうで、温暖化のペースに追いつくためには、SAILで運ぶ荷物量をひたすら増やしていかなければならない(「人工火山」と考えるなら、ますます激しい噴火をお膳立てするようなものだ)。スミスとワグナーによるコスト試算は、キースの提唱しているような、将来の温暖化のペースを半分に抑制する計画案にもとづいている。その推計によれば、計画の最初の年には硫黄10万トン前後を投入する必要があるという。10年目までに、その数字は100万トン超に増加する。その期間中、飛行回数も相応に増加し、一年あたり4000回だったフライト数は四万回に達するという(なんとも厄介な話だが、フライトのたびに生み出される何トンもの二酸化炭素がさらなる温暖化を引き起こし、その結果、さらなるフライトが必要になる)。

 成層圏に投入する粒子が増えれば増えるほど、不気味な副作用が生じる可能性は高くなる。ソーラー・ジオエンジニアリングで560ppmの二酸化炭素濃度――今世紀中にやすやすと到達できそうな濃度――を相殺するケースを検証した研究チームは、空の見た目が変わるだろうと結論づけた。白が新たな空色になるというのだ。ソーラー・ジオエンジニアリングの影響により、「かつて手つかずの自然が残る地域の上に広がっていた空は、都市部の空に似た姿になるだろう」と研究チームは述べている。そしてもうひとつ、当然と言えば当然の結果として、「大規模噴火のあとに見られるような」あざやかな夕焼けも生じるという。

 ラトガース大学の気候科学者で、気候工学モデル相互比較プロジェクト( GeoMIPジオミップ)のリーダーのひとりでもあるアラン・ロボックは、ジオエンジニアリングをめぐる懸念のリストをまとめている。最新版には三〇近い項目が並ぶ。ナンバー1は、降雨パターンを乱して「アフリカとアジアで旱魃かんばつ」を引き起こす可能性。ナンバー9は「太陽光発電量の減少」、ナンバー17は「空が白くなる」。ナンバー24は「国家間の衝突」。そしてナンバー28は――「人類にこれをする権利があるのか?」

■ ■ ■

本書の目次

【第1部】川を下って
第1章 シカゴ川とアジアン・カープ
第2章 ミシシッピ川と沈みゆく土地

【第2部】野生の世界へ
第3章 砂漠に生息する小さな魚
第4章 死にゆくサンゴ礁
第5章 CRISPRは人を神に変えたのか?

【第3部】空の上で
第6章 二酸化炭素を石に変える
第7章 ソーラー・ジオエンジニアリング
第8章過去に例のない世界の、過去に例のない気候

著者あとがき
訳者あとがき

著訳者紹介

著者 エリザベス・コルバート(Elizabeth Kolbert)
ジャーナリスト。『ニューヨーク・タイムズ』紙記者を経て、1999年より『ニューヨーカー』誌記者として活躍。前作『6度目の大絶滅』(NHK出版)でピュリッツァー賞(ノンフィクション部門)を受賞。2度の全米雑誌賞、ブレイク・ドッド賞、ハインツ賞、グッゲンハイム・フェローシップなど数々の受賞歴がある。現在は夫と子どもたちとともに、マサチューセッツ州ウィリアムズタウン在住。

訳者 梅田智世(うめだ・ちせい)
翻訳家。訳書にレイヴン『キツネとわたし』、ウィン『イヌはなぜ愛してくれるのか』(以上、早川書房)、サラディーノ『世界の絶滅危惧食』(河出書房新社)、パルソン『図説 人新世』(東京書籍)、オコナー『WAYFINDING 道を見つける力』(インターシフト)などがある。

『世界から青空がなくなる日』紹介ページ

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