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「あんな風になっちゃ、ダメよ」

 社の報道セクションでは記者だけでなく、カメラマンも数年間やった。

 常に“現場”へ出られる緊張感と高揚感があり、また、「他社に抜かれる」という重圧もあまりない。大いに充実した日々であった。

 カメラマンにとって重労働となる現場のひとつが、捜査機関による「ガサ入れ」、つまり家宅捜索の取材だ。

 事前に情報があれば朝早くから対象の前で捜査陣の到着と踏み込みを待ち構える。当然ながら、中に入ったモノはいずれ出てくるので、それも撮影しなくてはいけない。路上でひたすら待ち続けるのである。

 地検特捜部による捜索は、対象が大きな会社であれば深夜までおよぶこともある。「どうせ夜になるだろ」とわかっていても、現場を離れるわけにはいかない。押収物を運び出すためのダンボールの到着も撮影、夕方のニュースではこの映像が使われることになる。トイレはなるべく我慢するし、食事も脚立に座ったままで済ませる。

 同僚から聞いた話。

 ある「出待ち取材」でのこと。いつものように脚立で食事をかっこんでいたところ、通りがかった親子連れの母親が子どもに「あんな風になっちゃ、ダメよ」と言ったという。

 そりゃあ、路上に脚立を広げての食事は、マナーとしてよろしくないでしょう。

 しかし、まがりなりにも報道という仕事に誇りとやり甲斐を持っている者として、そんな視線があることにはガッカリするしかなかった。

 「あれは“脚立メシ”に抵抗感が拭えなかった同僚によるネタだったのではないか」との思いが今もある。それも込みで、若い頃のいい思い出だ。
(22/12/22)

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