小娘、いざ出陣〜小娘編7〜

前話はこちら

木曜日13:30。
西武新宿駅から歩いて数分、小娘はとあるライブハウスの前にいました。

看板を見上げ、地下へと続く階段を降りたい気持ちを抱きつつ隣のビルへ向かいます。

お客さんとして何度も来た新宿MARZ。
でも今日、バンドマンとしての小娘はここへは入れません。

都内にはたくさんのライブハウスがあります。

大体のライブハウスにはそのハコの得意なジャンルがあり、それぞれに出演ノルマがあります。

レコード会社などの関係者が新人バンドを探してよく顔を出すハコや、そのハコのお客さんがついているような有名なところもあります。
しかしその分、当然審査も厳しくチケット代もノルマも高くなります。

バンド側は自分達のジャンル、なりたい方向性や獲得したい客層、実力、集客力なんかを考慮して出演するライブハウスを選び、デモテープを送ります。

審査後、ライブハウスから出演オッケーの返信があれば日程を相談し出演することになります。

とはいえ、そのバンド主催のイベントでない限りバンド側が好きな出演日程を決められるわけではありません。

ライブハウスから、この日とこの日、という風に何日か振られた中から選べるだけです。

ライブハウスは、出演予定のバンドの中からその日のテーマやイメージに沿って合うバンドを5.6組選定します。
例えば、ガールズバンドナイトというタイトルでガールズバンドだけの一晩が企画されるといった感じです。

そして各バンド30分前後の持ち時間を与えられ、一晩のライブがつくられます。

初めて出演するバンド、しかも知名度のないバンドの場合、多くの人の給料日である25日の週の週末、仕事帰りでも間に合い終電も安全な20:30からの出番、なんていういい日程、いい出番はまず割り振ってもらえません。

小娘のバンドは初出演にしてバンドとしても初ライブ。
ともすると、集客が難しい給料日前の平日ど真ん中、しかも出番は18:00からという今夜の初ライブのスケジュールも納得の結果です。

ノルマは、チケット20枚、という感じで各ライブハウスごとに設定されています。
1800円のチケットであれば20枚分、36000円がノルマということになります。
もちろんお客さんを20人呼べれば、機材レンタル代なんかの諸経費で済みます。

20枚以上はけた場合は21枚目から50%バックなど、ハコの規定通り決められた金額が出演料として戻ってきます。

ですが仮に10枚しか売れなかった場合、残りの10枚分の18000円は、バンド側が補填してライブハウスに払うことになります。
バンドとしてはなんとしてもこれは避けたい。

なのでバンドマンを友達にもってしまうと、次のライブ来れる!?というクソ迷惑な連絡が度々くるようになってしまうわけなのです。

初ライブに向け小娘たちは何度もミーティングを重ね、バンドの目的を共有し、30分持たせられるだけの曲を作り溜め、フライヤーや告知用にアーティスト写真も撮り、バンドのホームページも作りました。

自分達がどういうバンドなのか、どういうお客さんに受け入れてもらえるのか、一体どのライブハウスが合うのか…とにかくわからないことだらけです。

そこで唯一バンドでライブ経験者であるボーカルの意見をもとに、ここ新宿marbleを初ライブの場所に決めました。

marbleは隣のMARZと同系列ですが、MARZよりもキャパが小さく、その分ノルマも安いハコです。

小娘はこれまでお客さんとして来るのはいつもお隣のMARZばかりで、ここmarbleへは来たことはありませんでした。
ここにきて初めて、これまで当たり前に観に来ていたにいちゃんたちはすごかったんだな、バンドマンとしてすごく格上だったんだと知りました。
スタッフパスのステッカーを受け取り、左足の脛あたりにペタッと貼り付けます。

ライブ前に簡単にリハーサルがあります。
基本的にその日の出番の順番の逆で行うことが多く、小娘のバンドはその日のトップバッターなのでリハーサルの順番は最後、リハーサルあとすぐに開場し、30分程度で本番を迎えます。

ライブハウスによっては各々のリハーサル予定時間に合わせて来ればオッケーだったり、全バンド同じ時間に集まる指定があったりします。

この日は全バンド同じ時間に入り時間が指定されていました。

ライブハウスの中へ入ると、今日出演する他のバンドマンがいます。
スタジオのロビーでも他のバンドと顔を合わすことはありますが、スタジオよりもかなり空気が濃い感じがしました。

その日を創り上げる一晩だけの仲間、ともいえますが、ライブハウス側からみて何かしらの似通ったところや通ずるものがあるわけです、つまり言い方を換えればお客さんを取り合うライバルだと小娘は解釈していました。

とはいえ、今日の小娘たちは初出演です。
ライブハウス側も情報がほぼありませんし、小娘たちは実績も何もないペーペーバンドです。
そんなに構えることもないだろうよ…と今の私は思いますが、当時の小娘はとにかく血気盛ん、自分以外信用ならねぇスタイルで生きていたので、失礼だけはないようにしよう、だが気はゆるさねぇ、とメラメラと気合いを入れていました。

おはようございます…

と気合の割に小さい声を捻り出しながらフロアに降りた小娘。

バンドごとになんとなくかたまったバンドマンたちが挨拶を返してくれます。
中には
「今日トリをやらせてもらいます〇〇ってバンドの〇〇です!よろしくお願いします!!」
と駆け寄ってきて握手、挨拶してくれる方もいました。

(やっぱりトリをやるバンドは違うなぁ…)

と先程までの気合いをよそに、己の小ささに惨めさを感じながらメンバーの元へそそくさと駆け寄ります。

当時、まだバンドマンの世界は男性ばかりでした。
女性が大半をしめる小娘たちのバンドは、ただそこにいるだけで少し目立つようでした。

小娘たちのバンドの目的は、ずばり「売れること」。
音楽性も何もかもアベコベな私たちの唯一の共通項は目的だけでした。
売れるためには音楽性より何より、まず猛者どものひしめきあうライブハウス界隈の中で目立たなくてはならないわけで、そこでこの編成が活きてくるというわけです。
その目論みに手応えを感じつつ、視線を感じながらも何てことない風を装い、メンバーと談笑していました。

店長が現れ、ザッと各バンドの紹介がありトリのバンドからリハーサルへ移行します。

自分達のリハまでは自由時間です。
なんとなくそのままフロアに居残ってしまった小娘は、ギターケースを横に寝かせてフロアに体育座りで周りのバンドマンを観察します。

いくつかのバンドはさっさとどこかへ出かけ、順番が迫るバンドはリハが行われているステージに背を向けおしゃべりに興じていました。

ステージ上のトリのバンドはスタッフの方にわかりやすく流れを説明したり、各パートの人たちも
「ここでフランジャー使います!」
「ここで強めに叩きますボリュームあがります!」
というふうに自己申告して実際に音を鳴らしていました。
各パートの調整が済み、数曲を途中まで演奏し、
「もう少しボーカルにキックください」
など、簡潔に要望を伝え、とてもスムーズに進行していました。

小娘はなんとなく

(あのギターに3点強めにくださいってやつかっこいいな、言ってみようかな)

とか

(わたし使うのアン直で強めに鳴らすか、優しく鳴らすか、ディレイしかないな…なんか恥ずかしいかも…)

とか、そんなことを考えながらぼーっとリハの様子を眺めていました。
トリのバンドはさすがで、普段小娘がお客さんとしてみているバンドたちのように音がビシッと揃っているし、ボーカルが歌い出すととても華やかでした。
少し不安に襲われつつ、リハを最後まで見届けます。

トリのバンドが終わり、次のバンドに転換します。
トリのバンドは礼儀正しくスタッフの方とフロアの我々に

ありがとうございました!本番よろしくお願いします!

と挨拶をしていました。

次のバンドはなんだか少しかっこつけていました。
やたらと
「ボーカルの声もっと返してください」
とボーカルが言っていたり、他のメンバーもなんだかゆるゆるダラダラと演奏しています。

(ボーカル返せって…あんたが声はればいいんじゃないの?)
(そんなへろへろ弾いてて本番急に音量あがったらリハの意味あんのか?)
と少し苛々しながら見守っていた小娘。

ですがふと隣をみると、そのバンドのリハーサルもしっかりと立ったままみて、終わりにはお疲れ様です!!と声をかけるトリのバンドのボーカル。
小娘はその姿をみて

すごい!!わたしも見習おう!!

…とは思えず、
なんかめんどくさいなぁ〜ああいうの…

と思っていました。申し訳ないことですが、小娘はまだ世間知らずのクズ娘だったのです。
そんな小娘に、トリのボーカルが話しかけてきます。

「ギターさんなんですか?そのケースかっこいいっすね!」

小娘は心配性なので、ケースはケチるべからずの精神で、中にしっかりとクッションの入った本革のケースを使っています。だろう?かっこいいだろう?と思いつつ、

「あ、ありがとうございます。あの、リハみてました。すごくかっこよかったです」

と返す小娘。
ボーカルさんはイケてるバンドマンで、軽快に会話を進めてきます。
気づけばさっそく小娘ちゃん呼びでした。
ボーカルさんは見た目も良く話も上手です。こりゃお客さんつくわな…と思いつつも、
(こいつは敵だぞ、罠にはまってはならん!)
と警戒を緩めず、適当に話を切り上げトイレに避難しました。

トイレに逃げた小娘は、リハーサルの心得を自分の中でまとめます

1、本番同様、真剣にやるべし
2、音量のバランスもみるためのリハーサル、しっかりと弾こう
3、自分の力でやるべきところはしっかりやろう
4、スタッフさんへの挨拶はしっかり
5、意外とみてないようでみんなみてる。舐められちゃいけない。かっこいい音つくる

流れと心得をまとめた小娘は、また話しかけられるのもめんどくさいし自分の出番前に食事をとっておこうとライブハウスを出ました。

続く


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