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ラムレーズンのガトーショコラ


朝から調子がすぐれなかった。
頭の中がぐちゃぐちゃと散らかっていて、考えごとがあっちへ行ったりこっちへ行ったりする。
気圧のせいかもしれないし、ホルモンのせいかもしれない。

とにかく整然とした端正なものの中に身を置きたくて、雪の中、美術館に行った。
地面は圧雪が溶けかけてじゃりじゃりのシャーベット状になっていて、時折ずるりと滑る。

そのときやっていたのは、美術館の収蔵品と現代アートの新作をかけあわせた展示だった。
調子がよくないので解説文がまるで頭に入ってこず、たじろいだ。
今日はしょうがない、と割り切ることにした。
静かで広々とした空間と、きらきらしたカラフルな物体が視界を横切る感覚だけを楽しんだ。

展示を見終わると15時半を回っていて、外は薄暗くなっていた。
美術館の近くにある小さな喫茶店に寄る。

古めかしい焦茶色の椅子とテーブル、白い漆喰の壁、オレンジ色のペンダントライト。
灯油ストーブの匂いがする。
藤田嗣治の乳白色のねこのポストカードが飾ってある。

私はそこで、カフェオレと、ラムレーズンのガトーショコラを頼んだ。

かばんから平易な文章で書かれたエッセイを取り出して読むけれど、やっぱり文字が頭に入ってこない。
三角のガトーショコラをこれまた小さな三角に切り分けて、口に運ぶ。
チョコレートの濃厚な甘みが口いっぱいに広がるとともに、ラム酒の香りが鼻腔を通り抜けて、くらっとした。

よかった、私の感覚器官はまだ息をしている。
理性が根を上げても、嗅覚と味覚は最後まで生き残る。

お会計を済ませて、喫茶店を後にする。
外はちらちらと細かい雪が舞っている。

ああ、気の利いたことが何も考えられないな。
今日はしょうがないか。
シャーベット状の雪の中を、ずるりずるりと滑りながら歩く。

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