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やきそば弁当



「夢だった……」

朝、炊飯器の前で夫は頭を抱えた。
「ごはん炊いてたと思ったのに」

家で仕事をしている夫は、外で働く私のために毎朝お弁当を作ってくれる。

昨日は晩ごはんを食べたあと、ごろごろしてそのまま二人で眠ってしまった。
「ごはん炊かなきゃねえ」
「お弁当の分がないからねえ」
とか言いながら、ねこを撫でたりしてダラダラと床を這っていたのだ。
助け合えない夫婦である。
ごはんの心配をしながら寝入った夫は、夢の中でごはんを炊いていたらしい。

ちなみに私は麦茶の温水プールで泳ぐ夢を見ていた。

「ごはんの代わりにやきそばって、どう?」
夫が台所から顔を出して、居間の私に訊く。

やきそば!
私は歓喜して夫に駆け寄る。
すでにニンジンとピーマンとウインナーが細切れになって、まな板の上に並んでいた。
夫は冷蔵庫から四角く固まったチルドの中華めんを取り出す。

私が夕飯にやきそばを作ったのは先週のことだ。
やきそばの麺は三人前がセットになっているので、二人暮らしの我々は一人前を余す。
余った麺がここで役に立った。

焦げたソースの香ばしい匂いが台所に満ちる。
お弁当箱にきちんと詰まったやきそばを、私 
は意気揚々とリュックにしまい込んだ。

白いごはんじゃない日のお弁当って、どうしてこんなにわくわくするのだろう。
ジャムのはさまった食パン、オムライス、チャーハン、ナポリタン。
特別なお弁当は私の心を浮き立たせる。

退屈な事務作業も理不尽な雑用もなんのその。
なんたって今日はやきそばなのだから。
冷めた麺の表面にてらてらと光る脂。 
甘みをたたえたニンジン、くにゃくにゃのピーマン。
そこに時折、ウインナーの塩気が合いの手を打つ。
私は恐るべき速さでそれを平らげた。

家に帰ると夫がにこにこしながら「やきそばどうだった?」と訊く。
私は鼻をふくふくとさせて
「サイコー」
と言った。

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